世界規模の波及効果
1500年代はじめまでに、梅毒はアフリカとアジアへ広がり、最終的には欧州の入植者を通じて南北アメリカ大陸に戻ることとなった。皮肉な話だが、この病気が進化上の故郷に戻ったときには、おそらく新たな、毒性のはるかに強い形態になっていたと見られる。世界を股にかける探検と貿易のネットワークが、この病気の「環流」を、西へ向かう天然痘の伝染と同様に現実のものにした。
医学的に見ると、梅毒は、人類にとって最悪レベルの禍になった。梅毒治療に最もよく用いられる抗生物質であるペニシリンが発見されたのは20世紀になってからだったため、梅毒はそれまでに途方もない苦難を引き起こした。そして、神経疾患、失明、流産、先天性疾患は梅毒のせいにされた。その社会的スティグマは、エリザベス朝時代の詩から、梅毒専門の病院の増加まで、ありとあらゆるものを生むきっかけになった。
現代でさえ、梅毒はいまだに深刻な公衆衛生上の問題になっている。世界保健機関(WHO)の推計によれば、毎年700万人超が梅毒に感染しているという。その大部分は低・中所得国の人々だ。そして、梅毒トレポネ-マは試験管での培養がいまだに難しいため、幾世紀を経てもなお、その生物学的特性の多くは謎に包まれている。
梅毒の禍は、人が動くと微生物も一緒に動くことをあらためて思い出させる。だからこそコロンブス交換は、生態学的にあれほどの激変となったのだ。微生物や植物、動物がこぞって新たな環境へ押し寄せ、それぞれが適応か滅びを迫られた。
梅毒トレポネ-マにとって、大西洋を渡る航海は、進化上の大当たりだった。この細菌は、無防備な巨大集団と、性交という確実な伝染経路を見つけ、自らの存続を確かなものにしたのだ。


