「肥沃な大地」を見つけた新たな病原体
梅毒がこれほど爆発的に欧州で広まった理由を理解するためには、生物学と社会的行動の両面を検証する必要がある。病原体である「梅毒トレポネ-マ(Treponema pallidum)」は、スピロヘータの一種だ。スピロヘータは螺旋の形をした細菌で、螺旋構造を使って、おそろしいまでの見事な効率で人間の組織に潜りこめる。
顕微鏡で見るとこの細菌は、動きとともに絶えず振動するメタリックな糸にそっくりだ。だが、ひとたび体内に入りこむと、何年もの間休眠状態を保つことができる。さらに、外側の膜にあるタンパク質を頻繁に変化させ、免疫細胞に発見されるのを巧みに逃れられる。この分子的な「変身」のおかげで、医学界に知られるものとしては屈指の「逃げ上手」な病原体になっている。
コロンブスの船の乗組員がこの細菌を欧州にもちこんだ時点では、欧州の人々には、この細菌に対する免疫履歴がなかった。そしてその結果、大惨事となった。感染経験のない宿主集団、伝染性の高い病原体、社会的条件(つまり、人口密度の高い都市、軍隊、売春宿)も、急激な感染拡大をひたすら後押しした。
15世紀後半は過去に例がないほど人間の移動がさかんな時代だったことも、事態をさらに悪化させた。イタリア戦争中には、軍隊が欧州全土を移動していた。つまり、兵士たちがナポリからフランス、ドイツ、その先へと病気を運んでいたわけだ。
イタリア人は、この病気をフランス人のせいにし、フランス人はイタリア人のせいにしたと言われている。そうした非難の応酬の間もずっと、双方の集団が、欧州全土での感染拡大を活発に押し進めていた。


