「これは、私の物語だ」
思わず息をのむショートムービーが公開された。「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」。それはひとりの心の問題ではなく、社会に染みついた見えない構造を映し出している。
いま、社会は多様性という言葉であふれている。
女性初の首相誕生や外国人材との共生など、ジェンダーや国籍、働き方や生き方など、アイデンティティをめぐる議論が広く交わされるようになった。だがその一方で、私たちは気づかぬうちに、誰かを、あるいは自分自身を「枠」にはめてはいないだろうか。
アンコンシャス・バイアスは、目に見える形では現れない。むしろ、「自分は理解している」と思う意識の奥で、いつの間にか価値観や判断の基準に入り込んでいる。会議での一言、同僚への無意識の反応、家庭での役割分担や仕事への期待——。日常のなかに染みついた小さな決めつけや当たり前が、誰かの可能性を、そして自分自身の自由さえも制限しているかもしれない。
そんな気づきのきっかけを映像で描いたのが、ファイザーが公開した全3部作のショートムービーだ。タグラインは「“なんとなく”がほどける瞬間。」
動画を制作したファイザー 対外広報 課長 山口真紀(以下、山口)は、映像に込めた思いを次のように話す。
「職場環境におけるジェンダーエクイティ(公平性)は、社会全体のジェンダーエクイティと地続きにあります。アンコンシャス・バイアスの存在に気づいた社員が、その学びを社会へ発信できるように。そんな思いから、社会とつながるチャネルとしてこの動画を制作しました」(山口)
特に伝えたかったのは、“自分のなかにあるアンコンシャス・バイアス”への気づきだ。動画の第2話では、女性自身が抱く「こうあるべき」を描いている。
「夫のYシャツにアイロンがかかっていないと、私のせいだと思われる」と感じてしまう。その感情の奥には、“家事は自分の役割”と決めつけてしまう無意識の思い込みがある。ファイザーの映像が示すのは、男女問わず、誰のなかにも存在する“思い込みの構造”への気づきなのだ。
女性活躍からジェンダーエクイティへ
「Men as Allies」が生んだ意識の変化
2009年から社内外でDE&I推進を重ね、「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2021」の受賞企業でもあるファイザー。25年の同アワードでは、企業特別賞を受賞した。
多くの企業がダイバーシティや女性活躍を掲げるなかで、同社の取り組みが際立っているのは、「人の意識」そのものに焦点を当てている点だ。
その考えを実践しているのが、男性社員による有志の取り組み「Men as Allies(メン・アズ・アライズ)」である。一般的に「Men as Allies」は、男性が女性の活躍を支援する取り組みを指すことが多い。しかしファイザーでは、男性自身が、長らく続いてきた男性社会のなかで“当たり前”とされてきた価値観や構造を、男性自身が理解し直すことから始まる。
女性の立場を知り、そこに生じる“偏り”を自分の問題としてとらえ、同時に、男性自身もまた男性であることによって課されてきた期待や制約に気づいていく。こうした相互理解のプロセスが、真のエクイティを実現するための出発点であると、ファイザーは考えている。
山口と同じく、本動画の制作担当であり、女性活躍を推進するコミュニティ「Japan Pfizer Women's Resource Group(JPWR)」のリーダーも務める松本亜美(以下、松本)は、「Men as Allies」に取り組むに至った背景について、次のように語る。
「元々はグローバルで始まった活動がきっかけです。それを日本で展開しようとしたとき、女性だけでなく男性も意識を変える必要があるという議論が起こりました。日本は長期にわたり男性が働き、女性が家庭を守るという価値観のもとで成長してきた。その前提に立つと、今の女性活躍推進はいわば“男性のためにつくられた社会のなかで女性が活躍しようとしている”ようなもの。真のジェンダーエクイティを目指すには、まずこの“偏り”の存在に気づくことが重要だと考えています」
“偏り”への気づきは、女性だけでなく、男性が感じてきた“生きづらさ”の解消にもつながっている。女性が活躍できる職場ではなく、「誰もが活躍できる職場」へ。ファイザーではこうした発想の転換が進み、近年は女性活躍推進ではなく「ジェンダーエクイティ推進」を重視するようになっている。
現場から始まる意識変革
社員発の文化が生む、社会への波紋
ファイザーのDE&I活動の根幹には、社員が自発的に参加する有志組織「CRG(Colleague Resource Group)」の存在がある。各CRGでは課題意識をもつ社員が部門を越えて集まり、役員とともに活動を進めている。現場のリアルな声が経営層に直接届き、会社全体の議論を動かしていく。こうした社員発の文化が、ファイザーの取り組みを支える基盤となっている。
ファイザーはDE&Iを「会社を成長させる戦略」として位置づけている。公開されたショートムービーも、その延長線上にある取り組みのひとつだ。
動画の公開時期を「国際男性デー」に設定したのは、発信の方向性を明確に示す選択だった。松本は「男性がマジョリティである社会だからこそ、まず男性に気づきをもってもらいたかった」と語る。
第1話では「男だから」というフレーズを冒頭に置き、性別に基づく“こうあるべき”という無意識の前提を問い直している。マジョリティが意識を変えることで、社会の構造も変わり得る。それが本プロジェクトの中核にある考えだ。
映像とあわせて公開された「アンコンシャス・バイアス チェックリスト」も、その気づきを日常の行動につなげるためのツールとして設計された。職場や家庭など、あらゆる場面で自分のなかの“なんとなく”を見直すきっかけを提供している。
山口は、今後の展望をこう語る。
「今回の動画やチェックリストを通じて生まれた気づきが、一滴のしずくのように社会に広がっていけばうれしい。アンコンシャス・バイアスをなくそうということではなく、まず気づくこと。自分のなかにある“こうあるべき”に気づくきっかけになればと思います」
ファイザーが掲げるのは、正しさを教えるための啓発ではない。誰もが自分のなかにある“なんとなく”と向き合うきっかけを生むこと。その小さな気づきが、社会全体の意識を少しずつ動かしていくかもしれない。

「ジェンダーエクイティ」への取り組み ジェンダーを問わず、誰もが活躍できる会社へ
まつもと・つぐみ◎ファイザー メディカルコミュニケーション&コンテンツ ジャパンリード。2006年に営業(MR)として入社後、14年より本社メディカル部門へ。専門医への医学情報提供や臨床支援を担うメディカル・サイエンス・リエゾン、医師向け講演プログラムを統括するスピーカープログラムSMEリードを経て、24年より現職。
やまぐち・まき◎ファイザー 対外広報 課長。2000年に営業職(MR)として入社し、04年から本社マーケティングオペレーションへ。マーケティングリサーチや新規ビジネス開発、複数領域のブランドマネジメント、将来製品の市場性評価など幅広いマーケティング業務に従事し、20年より現職。



