ウーパールーパーがなぜウーパールーパーと呼ばれているか、ご存知だろうか。
以前の記事 「一生エラ呼吸。「永遠の子ども」ウーパールーパーに思う非・不老不死という特権」で紹介したとおり正式名称は「メキシコサンショウウオ」であり、ウーパールーパーは日本特有の呼称だ。
元々「商標」だった?
今からちょうど40年前である1985年、日本でウーパールーパーブームが起きた。火付け役となったのは「日清焼そばU.F.O.」のCMである。そのCMではメキシコサンショウウオが「愛の使者」として登場した。そしてCMのプロデューサーが「愛の使者」に現地の言葉をアレンジした名称、ウーパールーパーと名付けたのである。
ちなみに今年、「日清紡」が「歌おう!ニッシンボー」シリーズの「ウーパールーパー」篇を公開している
つまり、厳密に言えば、ウーパールーパーはキャラクター名であり、同時に元々は商標でもあったのだ。キャラクター名が、まるで生物そのものの名称であるかのように定着したのである。
元々商標でありながら、一般名詞として使われるようになった言葉は数多く存在する。「宅急便」「マジックテープ」「エスカレーター」など、挙げればキリがない。しかし動物の分野では非常に珍しい事例であると言えるだろう。ある種のネズミが突然ピカチュウ(もしくはミッキー)と呼ばれ始めるようなものだ。
何故そのようなことが起きたのか? という疑問にはシンプルな回答が思いつく……CMが放映される以前、メキシコサンショウウオがほとんど知られていなかった。そのため呼称の一般化は自然な流れと言える。
筆者の関心事はそこではない。
「忘れられたことに気付かれないまま」消えていく?
むしろ気になるのは、「ウーパールーパーがキャラクター名であった」という事実が既にほとんど知られておらず、忘れ去られてしまっているという点である。筆者自身、ウーパールーパーについて深く調べる機会があったためにこの事実を知り得たのだが、一生知らないまま終わっていた可能性も大いに存在しているのである。
たった40年前に誕生した、これほど特異な名称のルーツさえ簡単に消えてしまうものなのだろうか? いや、おそらく現実は逆だ。むしろこの情報はまだ知られている方で、世の中にはおそらく、「忘れられたことに気付かれないまま」消えていく情報が多々存在するのだろう。
情報社会と呼ばれるようになって久しい昨今であるが、このような「○○社会」は、「○○が過剰に溢れかえっている社会」と言い換えることができるかもしれない。少なくとも現代が情報で溢れかえっているのは間違いないだろう。情報が多く流通することはよいことだが、その反面、不要な情報が氾濫したり必要な情報が覆い隠されたりすることがままある。
とりわけ昨今、情報の発信源となっているのがAIである。ネットニュースやSNSでAIが書いたと思われる文章に遭遇することは珍しくなくなってしまった。
念のために申し添えておくが、この文章はAIではなく人力で書かれている。しかし、このような但し書きもいつまで信用してもらえるのだろうか。それほどまでにAIの執筆力と読解力は目覚ましく向上している。
「あなたの文章は読むに堪えません」
少し前、筆者は自らの文章をAIに読ませて評価を受けてみた。
基本的にAIはユーザーに媚びるものであり、褒めることを前提としている。しかし空虚な褒め言葉は役に立たないし、何より面白くない。八方美人は現実だけでたくさんだ。そのため、プロンプト(質問文)には「率直な感想を述べてください」と入力する必要がある。
AIは10秒もかからず読了し、「あなたの文章は読むに堪えません」と回答した。以来、筆者はAIに文章を読ませていない。
このように、現代のインターネットにはAIによる信頼性の乏しい(?)情報が出回っている。彼らは率先して嘘をつくわけではないが、様々な理由で(多くは、情報処理の混乱によって)間違った情報を流布することが多々ある。ハルシネーション(幻覚)と呼ばれる現象だ。
悪意に基づいた嘘ではないが偽であることには変わりない。偽の情報が厄介なのは、それによって事実が覆い隠されてしまうからであるということは、今更言及するまでもないだろう。
メキシコサンショウウオがウーパールーパーと呼ばれるようになった頃、生成AIは存在していなかったし、インターネットすら広く普及していなかった。今と比べれば、当時の情報の流通は極めて限定的だったと言える。
人間独自の、想像的かつ創造的な……
だからこそウーパールーパーが「名称化」したという側面はあるだろう。それだけ、当時はテレビCMの影響力が強かったということだ。だがその一方で、今後はより多くの情報が押し流され、人々の記憶から消えていくことになるのは間違いない。近い将来、私たちは「AI」の二文字がなんの略称であるかさえ、思い出せなくなってしまうかもしれない。
ところで、ウーパールーパーの名称のルーツから、AIによる情報の混沌に展開した本記事は適切だっただろうか?
おそらく、合理的ではないだろう。正解ですらないのかもしれない。しかし意味はあったはずである。それこそが人間独自の、想像的で創造的な混乱であり、ハルシネーションなのだから。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。



