北米

2025.11.13 18:15

「専属牧師がいる」スタンフォード大アメフトチームで、日本人コーチが若者尊重を考えた

「You’re more than football.」─これはわがチームのヘッドコーチが、怪我が元で引退せざるを得なくなったチームの選手に対してかけた言葉である。18〜22歳の若く未来のある学生の将来はフットボールよりも(比べるべきではないほど)大事であるという意味である。

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ひるがえって、日本の何人のスポーツ指導者が、選手の怪我と将来についてこう考えられるだろう? 親や教員、社会全体で「You’re more than xxxxx.」と言ってやれるか? 

愛すべきわが国には、若者の人生そのものを重視して、彼らの今と将来を考えてやる「長尺」意識の不在、ひいては若者の将来を軽視する「未必の故意』がある─そう思わざるを得ないことがある。

80歳よりも10歳? 10歳よりも80歳?

ここで一つ、考えてみよう。たとえば同じベネフィット(その人にとって有益なこと)が目の前に一つだけあり、それを取れる権利を持つ人物が2人いるとする。2人の年齢は10歳と80歳。

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わが国の場合、おそらくだが、その権利は80歳が取りに行く。本人も周りの雰囲気も、そのことにきっと疑問を持たない。

反面、アメリカ社会では、10歳の子供にその権利を渡す。理由は簡単だ。10歳の子供の将来は80歳と比べて無限大だからだ(資本主義世界のトップを走るアメリカは、貧富の差が大きいだけに社会的弱者─この場合80歳─に優しい傾向がある。それでも、だ)。

高齢者と呼ばれる人の割合が30%に達する我が国の民主主義制度(選挙制度)において、この「年長崇拝」というエリアの変革は不可能に近い。

2025年、高齢化社会へのブレーキの影さえ見えない、そして私が暮らす米国と「他人への愛」のベクトルが別方向であるわが国では、意図しないのに「若者の将来を慮る力」が弱くなっている。ここアメリカで、子どもたちがのびのびと自分らしく生きている姿を見ていると、そう感じざるをえない。

だからこそ読者諸賢には深く考えていただき、シェアしてほしい。人生の先輩である我々が人類の宝である子ども達の可能性を尊重し、彼らの選択肢を狭めることなきよう、日々の生活を送っていくべきであることを。

文=河田剛 編集=石井節子

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