朝晩が肌寒く感じられる季節になった。それもそのはず、11月7日は立冬で、秋も深まり、冬の始まりを伝える時候を迎えている。
それは、中国の特に北方地方では、餃子を食べる旬の季節の到来を意味している。
餃子の由来は、諸説あるが、中国の動画サイトなどを見ても広く普及しているのは、中国の後漢時代、2世紀頃の人物で、医学者である張仲景が冬季に凍傷で苦しむ人々を救うために、薬草と一緒に小麦粉の皮で包んで煮た「寒膠耳湯(かんこうじとう)」という料理が起源というものだろう。
かつて「餃子の王将」が大連に出店
漢字の「餃(jiao)」は、同音で両端が尖った形の「角(jiao)」に由来し、具を「包み込む」という意味合いを持つと考えられている。
中国の人たちは春節(旧正月)の頃、帰省した家族や親族と一緒に餃子をつくって、みんなで食べるという話もよく知られていると思う。餃子は、実際には1年中食べていても、基本的に冬の食べ物だとイメージされているようだ。
実際、中国では鍋で茹でたアツアツの水餃子が一般的である。日本で広まった焼き餃子とは、食感や味つけ、食べ方も含め、かなり趣きの異なる料理だといっていい。
日本と本場の中国では餃子の食べ方が違うのは、おそらく日本人が焼き餃子をご飯に合う「おかず」として好んで食べてきたからだろう。だが、そのような食べ方は中国の人たちには受け入れられないようだ。
それを筆者が実感したのは、もうずいぶん前になるが、2005年に日本の飲食チェーン「餃子の王将」が中国遼寧省の大連の駅前にオープンしたので、店を訪ねたときのことだ。
「餃子の王将」の餃子は、中国では「日式餃子」と呼ばれ、現地の餃子に比べ、皮が薄い焼き餃子で、日本人好みにラーメンやチャーハン、唐揚げなどと一緒に提供されていた。
結局、同店は2014年に撤退することになるのだが、一般の中国の人たちは餃子をご飯の「おかず」として考えることがなかったのである。だがそれは、異文化間ではよくある認識のギャップで、いわばお互い様といってもいい話だろう。
これまで本コラムでは中国由来の料理が日本や海外でローカライズされ、別物のようになりながら広く愛好される事例をいくつも紹介してきた。そもそも海外でこれほど変貌自在に姿を変えながら、伝播していく中国由来の料理のユニークな魅力は変わらない。



