導入企業が実感、AIで住宅ローン借り換えが数時間から30分に短縮
Sierraの導入企業の中には、すでに自社サービスの能力が向上したと語るところもある。住宅ローン会社Rocket Mortgage(ロケット・モーゲージ)のヴァルン・クリシュナCEOによれば、Sierraのエージェントを使えば住宅ローンの借り換え手続きが約30分で完了するという。従来なら「数日かけて何時間も要していた」作業だ。
法人向けクレジットカード会社Ramp(ランプ)のエリック・グライマンCEOは、SierraのエージェントがRampアプリ内でサポートチャットを運営しており、「90%の問い合わせが人間の手を借りずに処理されている」と話す。
AIが完全解決した場合のみ課金、Sierra独自の成果報酬モデル
この仕組みはSierraにとっても理にかなっている。というのも、同社はボットが人間の担当者にタスクを引き継いだ場合には報酬を受け取れないからだ。Sierraのビジネスモデルは「成果報酬型」で、ボットがタスクを完全に自動で解決したときのみ料金が発生する仕組みになっている。このモデルはSierra独自のものではなく、競合のIntercom(インターコム)やZendesk(ゼンデスク)も採用している。Sierraは具体的な料金を公表していないが、タスクの複雑さに応じて変動するとしている。参考までに、Intercomでは1件あたり約90セント(約137.7円)が一般的な水準だ。
現在、従業員数300人を超えるSierraは、エージェントの性能を高めるための新製品群を発表している。そのひとつは、企業が自社のAIエージェントをChatGPTに直接接続できる機能で、OpenAIの人気チャットボットを通じて顧客対応を行えるというものだ。また「LiveAssist」と呼ばれる新機能は、コールセンターの担当者を支援する“AI副操縦士”として働く。FAQから回答を自動で引き出したり、社内データベースで規定を確認したり、次の対応手順をリアルタイムで提案したりできる。
Sierraの新機能、AIに「記憶」を与えChatGPTとも連携
なかでも最も重要なのが、「Agent Data Platform」と呼ばれる新サービスだ。これはエージェントに“記憶”を与えるもので、過去の顧客との会話内容を覚えられるようにする。具体的には、チャットやメール、電話、テキストでの顧客発言を、企業の請求システムや倉庫、取引履歴といった内部データと統合する仕組みだ。「ゼロからではなく、すでに二塁や三塁にいる状態から会話を始められるようになる」とバヴォーは語る。
サンフランシスコのソーマ地区にあるSierra本社の会議室の窓の外には、セールスフォース・タワーがそびえ立っている。かつてそのセールスフォースの共同CEOを務めたテイラーだが、競合関係を強調するような言い方は避け、「統合パートナーとして見ている」と述べるにとどめた。彼は、セールスフォースが開発した顧客対応エージェント向けの競合プラットフォーム「Agentforce(エージェントフォース)」についてはコメントを控えた。このサービスは十分な勢いを得られず苦戦しているとされる(なおSierraは現在、サンフランシスコのサウスビーチ地区に約30万平方フィートの新オフィスを賃借する準備を進めていると報じられている)。
AIはまだ単純ミスを犯す、デモで露呈した音声認識の課題
AIエージェントの性能がいくら進化しても、まだ単純なミスは起こる。Sierraのプロダクト責任者ザック・ルノー=ウィーデンは、同社が提供するデモでSirius XM(シリウスXM)の顧客対応エージェントに電話をかけた。Sierraの技術で動くそのエージェントは、同社ウェブサイトのフリーダイヤルを通じて稼働している。ルノー=ウィーデンは顧客役として「契約プランを変更したい」と話し始め、フォーブスの要請でAIの応答精度を試すため、会話の途中で突然「触るな!」と子どもを叱る親のように叫んでみせた。
すると、エージェントは混乱し、人間のオペレーターへの転送を始めてしまった。その後、彼はSierraの管理画面で通話ログを確認し、「今の発言は“会話の割り込み”と誤認識されたが、本来なら無視すべき内容だった」と説明した。
このデモについて話を振られたSiriusXMの最高執行責任者(COO)ウェイン・ソーセンは、AIエージェントをあまり責めなかった。「人間だってミスはするものだ」と彼は語る。顧客とAIとの音声でのやり取りはいまだ難しい部分もあるが、「誤情報や社内ポリシーの誤りといった典型的なミスは大幅に減った」とも述べた。また、AIボットとの対話そのものを頑なに拒み、「何としてでも人間の担当者につないでもらおうとする」顧客も一定数いるという。「この問題は、しばらく続くだろう」とソーセンは認めた。
エラー修正に徹底して取り組む、6週間ごとの取締役会
Sierraの創業者2人は、こうしたエラーの削減に徹底して取り組んでいる。セコイア・キャピタルのパートナーでSierraの取締役でもあるラヴィ・グプタによれば、彼らは通常より短い6週間ごとに取締役会を開き、毎回の会議を「修正すべき課題リスト」の確認から始めるという。
競合企業からも、そうした姿勢は一目置かれている。ある顧客対応ソフト企業のCEOは、「Sierraの大企業向けにきめ細かく対応する“ホワイトグローブ”型の戦略は理にかなっている」と認めた。ただし、AIエージェントが企業のブランドアイデンティティの中核に近づくにつれ、「そうした重要な役割を、Sierraのような外部ベンダーに任せる企業がどれだけいるだろうか。社内で管理しやすい既製の製品を選ぶのではないか」という疑問も口にした。
「最大の論点は継続力だ」とそのCEOは語る。「これから我々とSierraの間で、大きな“理念の戦い”が起きるだろう。市場がどちらを選ぶかが見ものだ」。


