米国時間11月6日、テスラの年次株主総会で、イーロン・マスクの1兆ドル(約154兆円)の株式報酬案が採決される。米国ではCEO報酬は業績連動の株式で承認されるのが通例で、グラス・ルイスやインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ(ISS)といった議決権行使助言会社による勧告、年金・インデックスファンドの投票が可否に大きく作用する。
テスラの株価は予想利益の約300倍と高水準にあり、EV販売は伸び悩みが続く。経営陣は次の成長の柱としてAI主導のロボタクシーとヒューマノイドを掲げ、承認時にはテスラからxAIへの資金拠出も生じる。反対派には政府年金基金や宗教指導者の声が含まれ、賛成派はマスクの実行力と支配権維持を評価する。本稿では、報酬案の達成条件と賛否の根拠、事業と株価への影響を整理する。
約154兆円の巨額報酬案、法外との批判がありつつも承認が有力
イーロン・マスクが求める1兆ドル(約154兆円。1ドル=154円換算)もの報酬パッケージよりも突飛なのは、それをテスラの株主が承認するという考えそのものだ。ところが現実には、その方向に事態が進んでいるように見える。新たなローマ教皇までが非難するほどの法外な報酬案を、巨大投資ファンドから個人投資家までが承認しようとしている。
EV販売の落ち込みを、ロボタクシーと人型ロボへの転換で補う
彼らが賭けているのは、21世紀の米国で最も成功した起業家に、もう1度奇跡が起きるという希望だ。それは、マスクが電気自動車(EV)販売の落ち込みと傷ついた評判を、人工知能(AI)を用いたロボタクシーと人型ロボット(ヒューマノイド)への転換で乗り越えられるという見方だ。
すでに過去最高値に近い水準のテスラ株の株価収益率(PER)は、300倍以上という異常な数値となっている。にもかかわらず、多くの投資家は、米国時間11月6日の年次株主総会での投票を待つまでもなく、この報酬案の可決が既定路線だと見ているようだ。テスラの株価は5日のナスダック市場で4%高となり、約462.26ドル(約7万1188円)をつけた。
ウェイモ優位の評価、自動運転におけるテスラ先行論への疑問
「テスラの現在の企業価値は、マスクに魔法の力があるとでも仮定しない限り、説明がつかない」と、イェール経営大学院のガウタム・ムクンダ教授は語る。「彼が語る新たな事業モデルを分析してみると、テスラが自動運転車で業界をリードしていると信じる理由はどこにもなく、ウェイモ(Waymo)の技術のほうが明らかに優れている。テスラがこの分野の先頭に立っているという唯一の証拠は、マスク本人の発言だけだ」。
そして、これこそが今回の委任状投票の核心でもある。「マスクの最大の才能は、『自分には奇跡を起こす力がある』と投資家に信じ込ませる能力にある」とムクンダ教授は述べた。
薄れつつあるマスクの関心
現代のEV産業を切り開いたテスラにとって、この投票は極めて不安定な時期に行われる。マスク自身も、かつてのような関心をこの事業に示していないように見える。ここ数週間、テスラの取締役会長ロビン・デンホルムと最高財務責任者(CFO)ヴァイバブ・テネジャは、マスクを引き留めるための株式報酬は、「長期的な成長と安定に不可欠だ」と主張してきた。この報酬が実現すれば、マスクの持ち株比率は現在の約13%から少なくとも25%にまで上昇する。
しかし、その一方で、マスクの関心は自身の富の源泉でもあるテスラから次第に離れつつある。現在、彼の注意は他の5つの事業に分散しており、とりわけAIスタートアップの「xAI」に注がれている。もし株主が今回の報酬案を承認すれば、同社もテスラからの資金注入を受けることになる。



