長期的な成長戦略に伴走するENND Partners。共同創業者兼CEOの岩渕匡敦と共同創業者兼プリンシパルアドバイザーのティム・ブラウンが「デザインと論理」を統合する、企業のための成長哲学を語り合った。今回は、この対談を前編と後編に分けて紹介する。
2024年に設立されたENND Partners(以下、ENND)は、企業戦略の実現や従業員自らが行動変容を起こすための意識改革を目指し、経営層と 直接対話を重ねる協働型のプロフェッショナルファームだ。
長期的視点で企業の社会的価値と経済的価値を創出するためには何が必要か。同社CEOの岩渕匡敦と、アドバイザーで「デザイン思考」を世界に広めた第一人者のティム・ブラウンがこれからの企業に必要な「人間中心主義」の経営論を語り合った。
ー日本のGDPは2023年にドイツに抜かれ、米中独に次ぐ4位となりました。また、日本の労働生産性は2023年時点でOECD加盟38カ国中29位 で、1時間当たりの労働生産性ではG7(主要7カ国)の中で最下位です。日本の経済や生産性が停滞しているのはなぜだとお考えですか。
岩渕匡敦(以下、岩渕):人の能力が企業価値へ十分に転換されていないのが最大の要因だと思います。日本には優秀な人材が多く、高い技術力もある一方で、一人ひとりの創造性や判断力が経営や事業成長に結びついていないのです。
日本の人口はドイツより3,000万〜4,000万人多い。それにもかかわらずGDPで抜かれたのは象徴的です。しかし日本の潜在力を解放すれば、少なくとも3〜4割は企業価値を向上させるポテンシャルがあるはずです。
ティム・ブラウン(以下、ティム):現在、どの企業も、利益追求と同時に、持続可能性や社会的公正を両立させることが求められており、これまでの成功モデルが通用せず、経営の難易度が高まっています。
しかし私は、日本にはこの複雑な時代にこそ生かせる、世界的に見てもユニークな強みがあると思います。それは長期的な視野と調和を重んじる文化です。
岩渕:アメリカの企業だとせいぜい1年先、ヨーロッパでも3、4年先の計画しか立てません。ところが日本の場合、3年間の中期経営計画はもちろん10年、20年の長期ビジョンを策定する企業も珍しくありません。実際、100年以上続く会社の数は日本が世界最多です。
ティム:プロダクトデザイナーとして私は以前から日本の製品に見られる細部へのこだわりに魅了されてきました。一方、アメリカの企業は大きな概念をつくりあげることが得意です。どちらがいいとは言えませんが、違いがあることが私には面白い。
日本企業がもつ繊細な感性は、モノづくりだけでなく、経営や組織改革に生かせると考えています。
ーENNDを立ち上げた背景に、そうした問題意識があるのでしょうか。
岩渕:はい。この会社を設立する前、博報堂DYグループの経営陣たちと議論したのは、日本企業が本質的に変わるためには戦略や制度だけでなく、人を動かす仕組みが必要であり、その鍵を握るのがクリエイティビティと人間中心(Human-centered)だということでした。
日本企業にとって大きな課題のひとつは「戦略と実行の溝」、つまり経営戦略とそれを実行する社員一人ひとりの意識、行動が離れている点です。その解決のためには、戦略への深い理解の上に、デザイン思考をプロダクトやサービスだけではなく、企業変革の施策への落とし込みに活用することが重要です。
ーティムさんがメンバーとなるきっかけは?
岩渕:ティムさんはこれらの領域における世界のオピニオンリーダーであり、デザイン・イノベーション企業であるIDEOを長年率いてきた方です。そのティムさんとなら、人を動かすという難題を解決でき るかもしれないと考えました。
ティム:IDEOは2016年に博報堂DYグループの戦略事業組織であるkyuのメンバーとなりました。そして19年にIDEOのCEOを退任した後、博報堂DYグループの経営陣やマサさん(岩渕氏)から私に声がかかったのです。
私は30年以上前から日本を何度も訪ね、ここのビジネス文化に親しみを感じていたので、ぜひ働きたいと思いました。
マサさんとの議論にも刺激を受けました。マサさんはマネジメントの専門家で、私とはかなり異なる経験をしてきたはずですが、リーダーシップや日本企業の未来について多くの考えを共有していることに気づきました。出発点こそ違えど、目指す方向は同じだったのです。
彼はテクノロジーやビジネスの仕組みを深く理解している一方で、熟練したミュージシャンであり、芸術に強い興味をもつなど、ビジネスと文化の世界を行き来しています。将来ビジネスが直面する困難な課題を解決する人物像の好例です。
▶ 後編の記事はこちらから
ENND Partners
https://enndpartners.com/
いわぶち・まさのぶ◎ENND Partners共同創業者兼CEO。ボストンコンサルティンググループ東京オフィスにてMarketing,Sales and Pricingプラクティスの日本リーダーなどを歴任し、2024年より博報堂DYホールディングスの執行役員に就任。同年3月にENND Partners設立。 「Harvard Business Review」などへの寄稿や執筆多数。
ティム・ブラウン◎ENND Partners共同創業者兼プリンシパルアドバイザー。博報堂DYホールディングスの戦略事業組織であるkyuのVice Chairであり、世界的なデザイン・イノベーション企業であるIDEOのChair Emeritus(名誉会長)。「デザイン思考」を紹介した著書『Change By Design』はベストセラーになった。




