この疫病菌は、メキシコ中央高地に起源を持つとされる。原産地における野生種のジャガイモは、この疫病菌に対する耐性を長年にわたり共進化させてきた。最も可能性が高いのは、南北アメリカ大陸から出荷されたジャガイモのなかに感染したイモがあり、ベルギーまたはイングランドを経由して、ヨーロッパ全土に拡散したという説だ。
アイルランドの冷涼で湿潤な気候は、ジャガイモ栽培に最適な気候だったが、皮肉なことに、ジャガイモ疫病菌にとっても理想的だった。疫病菌は微小な胞子を通じ、主に雨と風に乗って、急速に拡散した。無防備なジャガイモの葉の上に落ちた疫病菌の胞子は、そこで発芽し、植物組織に侵入して、内部から食い荒らした。
生物学的な壊滅
ジャガイモ疫病菌がアイルランドで特に猛威を振るったのは、作物の遺伝的均一性のためだ。アイルランドでは事実上、すべてのジャガイモがこの病原体に対して無防備だったため、拡散にまったく歯止めがかからなかった。1846年後半までに、アイルランド全土のジャガイモの収穫が壊滅に近い状態となった。
ミクロの病原体による被害は、作物の不作というレベルをはるかに超えていた。当時、実質的に英国の植民地となっていたアイルランドでは、政府の援助もなく、民衆のための食糧備蓄もないまま、病害はアイルランド全土を蹂躙した。死者と国外に出た者が多かった結果、アイルランドの人口は、10年に満たない期間に、飢饉前の約800万人から、600万人を切るまでに激減した。
生物学的観点から見れば、ジャガイモ飢饉は、単一の種に依存した生態系や社会がいかに脆弱であるかを物語っている。また進化的観点から言えば、モノカルチャーは大惨事を招く。遺伝的に均一な個体群は、効率的に増殖できるかもしれないが、病気に対してほとんど抵抗力をもたない。病原体にたった一つ遺伝的変異が起こるだけで、あるいは気候が変化するだけで、システム全体が崩壊しかねないのだ。
アイルランドの場合、栽培されていたジャガイモが遺伝的に均一だったために、ジャガイモ疫病菌を食い止めるものは何もなかった。疫病菌は上陸したとたん、生活環をたやすく完結させ、そのサイクルは、未感染のジャガイモがなくなるまで続いた。1つの感染株からばらまかれた胞子は、数日のうちに数千株に拡散した。
ジャガイモを「スーパーフード」にした形質、すなわちその高収量と安定性がそのまま、病害に対する弱点となったのだ。


