日本のインバウンドブームです。今年は4千万人を超える勢いです。円安も背を押していますが、日本の土地と文化への関心の高さが主要な理由であるのは言うまでもないです。
冒頭で触れた『パーフェクト・デイズ』、2003年公開のソフィア・コッポラによる『ロスト・イン・トランスレーション』、どちらも日本を舞台にしていますが、その特徴は非日本人からみたときの日本の生活空間やビジネス空間にあるわけのわからなさです。
翻訳小説にもあるコンテクストへの距離感もさることながら、明確に言葉として表現しないシーンに出逢うケースが多い。「簡単には理解しがたいハイコンテクスト文化」への戸惑いと面白さの共存です。戸惑いは日本の国際ビジネスコラボレーションの発生確率を下げ、面白さは外国人観光客の増加につながります。
不思議体験、または難しい場面の連続が日本観光の一つの魅力なのですね。何を考えているかよく掴めない、静けさがある。要するにダイナミックな動きに欠ける。このような要素を目にすれば、その背景にあるのは何なのだ? と知りたくなります。背景の底にある土壌など深い理解が欲しくなります。
さて、何処の国にも文化があります。どこの国の文化が優等でどこの国の文化が劣等ということはないのですが、日本の文化に興味をもつ外国人が多く日本を旅する理由は、日本の文化により深さがあるに違いないと思い込むからでしょう。
深い地点に辿り着こうと思えば、それなりの「難しさ」を乗り越えて行き着ける感じがするからです。わかりにくい場面が多々あるがその先の不可視の一線を超えても、自らの身が危険にさらされることもないだろう、と(国によっては、一線を超えることで留置所に放り込まれるかもしれない)。
そして、文化を経験するツーリズムは世界的に好調です。2024年からラグジュアリー市場は後退しており、殊に個人所有の対象となる服やアクセサリーなどの市場が縮小傾向にあります。しかし、文化ツーリズムは人気があるのです。
ここでやや強引な解釈を試みます。
一見してわかりやすいものに流れがちであるトレンドがある一方、わかりにくいことに関心をもつ人々も同様に増えているといえます。いや、もうひとつ別の解釈があるかもしれません。
わかりやすいことが蔓延したために、その浅薄さに物足りなさを感じる人たちが増えているとも考えられます。そして、この難しいことに引き寄せられる現象は好奇心と意欲の結果だとすると、世の中、まんざらでもないことになります。
読書についても同様の傾向が強くなっていると考えられます。一度は近寄りがたいとされた難解な本が読まれているはずです。ぼくが2020年から仲間と続けているオンラインでの読書会で選ぶ本も、その証になるかもです。今年前半、ホイジンガの『中世の秋』を読み、最近、池上俊一『ヨーロッパ中世の想像界』を読み始めました。なかなか歯ごたえもある味わいのある読書経験です。


