防御能力から適応力へ
旧来の優位性の本質が「壁を築き上げる」ことだったとしたら、新たな優位性は「柔軟性を作り上げる」点にある。そのためには、思考様式のシフトが必須になる。トップを走る企業は、変化を「抵抗すべき脅威」と捉えるのではなく、「活用すべき原材料」と捉えている。
コロンビア大学ビジネススクールの教授で経営学者のリタ・マグレイスによれば、現在の競争上の優位性は一時的なものになったという。今の企業は、短期的な優位性を次々と繰り出し、古い優位性が陳腐化する前に置き換えることで成功を収めている。そのためには、適応を繰り返し行えるようなシステムの構築が不可欠だ。
こうしたシステムを構築する方法の一つが、戦略サイクルの短縮だ。5年計画のロードマップに縛られるのではなく、四半期ごとに優先事項を見直す機動的なサイクルで、事業を運営することができるはずだ。これにより戦略は、市場が示すシグナルに対応しやすくなり、もはや時代遅れになった過去の想定にいつまでもこだわる状況を回避できる。
もう一つの方法は、リソースを流動的に動かせる状況を保つことだ。リーダーは、人材や資本を固定化された部門に縛りつけるのではなく、発生したチャンスに対して動的に割り振るようにできる。そうすることで、組織に機動性が生まれる。こうした体制があれば、企業は新たなチャンスを見つけた際、迅速に動くことができる。リソースを解放するために年間予算のサイクルを待つようなことがなくなるわけだ。
厳格な企業文化を緩めることも、適応性を身につける上でのカギとなる。新しいことを試した者に報い、戦略の転換を通例化することで、リーダーはこうした変化を後押しできる。例えば、状況が変わったことを理由に、チームが進めていた計画を中止した場合、この判断をリーダーが称賛すれば、明確なシグナルを送ったことになる。すなわち素早い対応は失敗ではなく、それ自体が戦略だと位置付けるわけだ。
重要になる「一貫したストーリー」
ただし、変化への適応能力だけでは十分ではない。目的意識が共有されないままで闇雲に素早く動いても、混乱が生じかねない。機敏に動く企業に一体感を生み出すのは、固定的な計画ではなく、「一貫したストーリー」だ。すなわち、企業の性格や達成しようとしている目標について、明確で説得力のあるストーリーが必要ということだ。
一貫したストーリーがあれば、優先すべき事柄が変化しても、一定の方向性を維持できる。また、従業員が変化について、矛盾ではなく進化と捉える後押しにもなる。先が見えない状況は、従業員のエンゲージメント低下を招きがちであることを考えると、これは重要なポイントだ。自分の仕事が大きな視点で見た時にどう位置づけられるのかがわからないと、人はやる気を失ってしまうからだ。
リーダーは、戦略を永続的な価値に結びつけることで、一貫したストーリーを構築できる。そうすれば目標が変わっていくなかでも、企業の中核となるアイデンティティは安定した状態が保たれる。そして企業で働く従業員も、戦術の変化に混乱することなく、その意味を理解できるはずだ。
サイモン・シネックが提唱する「WHYから始めよ」という理論は、この原則を凝縮したものだ。リーダーが業務の内容だけでなく、方針転換を行なう理由を折に触れて説明していれば、仕事から意味が失われることを防げる。すると、従業員のあいだに心理的安全性が生まれ、素早く動けるようになる。何のために動くのかということを、本人が理解しているからだ。


