「たられば」の話は積もってしまう。いまの日本の成長はぱっとせず、賃金の伸びはインフレに追いついていない。中国は世界市場でシェアを拡大している。中国の習近平国家主席はもちろん、こうした状況を知っている。
中国は、1985年のプラザ合意で円高が進み、それが日本の「失われた10年」につながった経緯をつぶさに研究した。また、人民元の大幅な上昇を許容すれば中国の輸出依存型経済が危険にさらされることも、中国はよくわかっている。
円安は結局、日本にとって裏目に出た。同様に、ドル安もまた米国にとって裏目に出るだろう。ドル安は米国債への信頼をすぐに損ない、利回りを押し上げる。つまり、トランプのドル安志向は、米国がドルの強さから得ている恩恵を顧慮していないのだ。
トランプは明らかに、米国が享受している「法外な特権」を理解していない。米政府が38兆ドル(約5800兆円)にのぼる巨額の債務を抱えながら、わりと低い利率で国債を発行できるのがそうした特権の最たるものだ。もしかするとスコット・ベッセント米財務長官は、なぜ米国は他国がうらやむようなこの特権を台無しにしてはならないのか、トランプに教えることができるかもしれない。さらに、トランプが世界のシステムにぶつけている数々のめちゃくちゃな政策のなかでも、なぜこの特権の放棄が最もひどい結果を自国にもたらしかねないかについても。
米連邦準備制度理事会(FRB)に対するトランプの攻撃についても同じことが言える。米国の機関のなかでも、FRBほど広く国外から尊敬や信頼を得ているところはほかにないと言っていいだろう。だというのにトランプは、米国経済の国際的な顔にして米国債の価値を守るその機関を率いるジェローム・パウエル議長のことを、「バカ」「間抜け」「愚か者」「IQの低い人物」「堅物」などと罵ってきた。まったく理解に苦しむ言動だ。
トランプがドル安を望んでいるのは見え透いている。しかし、その目的のために彼が何でも破壊しそうな姿勢なのは心底ぞっとする。習が為替相場に関する「マール・ア・ラーゴ合意」のような案に応じそうにない理由も、そうした姿勢が関係している。トランプワールドがそんな合意を順守するなどと、いったい中国政府の誰が信じるだろうか。
トランプ関税はアジア諸国にとって十分に厄介な問題だ。だが、世界の貿易と金融の要であるドルを弱体化させる試みは誰の利益にもならない。まして米国経済にとって得になるはずがない。


