ドナルド・トランプ米大統領がアジアを歴訪するなか、ドル安を望むトランプの意向は、たとえ表向きには議題になっていなくとも主要なテーマになっている。
クアラルンプール、東京、ソウルで、トランプのチームは関税や安全保障、米国への投資について話し合っている。だが、その裏でトランプとその側近たちが常にもくろんでいるのは、米国の産業界に有利になるように為替相場をドル安方向に進めることだ。皮肉なのは、トランプが今週訪れた国の大半はまさに、そうした人為的な通貨安には弊害が伴うことを実証していることだ。
最たる例が日本である。日本の輸出主導型成長モデルでは長年、円安が好まれてきたが、日本政府が過去25年執着してきた為替レート管理はとくに有害だった。
過度に弱い円は日本のアニマル・スピリットを再燃させるどころか、歴代政権の改革意欲を後退させた。行政の効率化、イノベーションの促進、生産性の向上、女性のエンパワーメント、東京を再びアジアの金融センターにするといった課題に対して、切迫感をもって対処する動機が薄れてしまったのだ。
1980年代、「日本株式会社」はイノベーションやリストラ(事業の再構築)、リスクテイクに積極的だったが、過去四半世紀は円安の効果で企業経営者はそうする必要性を感じにくくなった。円が下落すればするほど現状に安住できるようになり、日本の成長軌道は妨げられる。その間に、中国が世界の競争条件を一変させている。
始まりは1999年、日本銀行が初めて政策金利をゼロ近くに引き下げた時だった。2年後の2001年、日銀は世界に先駆けて量的緩和政策を導入した。量的緩和の大きな副作用のひとつが急激な円安進行だった。
2013年、日銀は量的緩和をさらに拡大し、未踏の領域に踏み込んだ。円は対ドルで30%下落し、日本の国内総生産(GDP)押し上げに寄与した。東京株式市場は急騰した。
だが、円安は日本の競争力を高めることもなければ、経済の効率性を上げることもなかった。日本を世界のスタートアップ競争に参入させることにもつながらなかった。もしタイムトラベルができるなら、2013年に戻りたいと思うかもしれない。当時の安倍晋三首相が華々しい改革プログラムを打ち出した年だ。いわゆる「アベノミクス」は、サプライサイド(供給側)の一連の改革で日本を刺激し、変革することを目指していた。
だが、それは基本的に「日本の特色あるトリクルダウン経済」とでも呼ぶべきものだった。もし安倍が初期の高い支持率、衆参両院での多数派、日本の首相として史上最長の8年近くにおよぶ在任期間を生かし、アジア2位の経済大国を再構築してくれていたら、2025年の日本株式会社は繁栄していたかもしれない。



