「AI(人工知能)でリーダーとなるものが世界を支配する」。ロシアのプーチン大統領が2017年に述べた言葉である。プーチン大統領が2025年の生成AIを巡る各国の熾烈な競争を予期していたかは定かではないが、AIが国際社会において大きな論点となっていることは間違いないだろう。歴史上、蒸気機関からインターネットまで技術は常に国家間の力学を塗り替えてきた。国家は技術を奪い合い、その技術を国家のパワーに転換してきた。現在ではビッグテックが興隆する米国でさえ、19世紀初頭には英国の繊維機械技術を盗む側だった。今でこそ米中技術競争が注目されるが、1970〜1980年代には日米半導体競争が繰り広げられ、米国は日系半導体メーカーに対し苛烈な報復措置を取った。時代と共にプレイヤーは移り変わっても技術の奪い合いは続いてきたのである。
どの時代にも技術競争は存在したが、AIはその汎用性からほかの技術と一線を画す。AIは自動車の自動運転からネットワーク化された戦場での意思決定支援、ドローンのスウォーム(群れ)制御、ディープフェイクによる影響力工作まで、軍事、民間を問わずあらゆる領域に応用することが可能な技術である。最先端のAIを開発、運用するためには大規模な計算資源、つまり最先端半導体で構成されるデータセンター、安定した電力供給、人工知能研究者、エンジニアが必要となり、それらの必要条件を充足できる国は限られる。そのためAIについては、もつ国ともたざる国が存在することで、国家間のAIによる競争力の差は拡大していくことだろう。AI覇権競争の中心は米国と中国であり、米国は大学の研究者、巨大な資金をもつグーグルやメタといったビッグテック、数多のベンチャーキャピタルから資金提供を受けるスタートアップが最先端の研究者と資金を武器にイノベーションを起こし続けている。
一方の中国は国家戦略の中核にAIを据え、バイドゥ、アリババ、テンセントなどのプラットフォーマーと大学が技術者を養成し、自国主導のサプライチェーンを広げている。米国による中国への輸出規制は中国の計算資源へのアクセスを阻んだが、中国では半導体、AIモデルの内製化が進んだ。その結果、米中のAI開発はブロック化の様相を見せている。
こうした米中以外の国々は米中どちらのAI技術圏を選ぶのかという地経学的な選択を迫られている。米中に追随する欧州は技術力で劣後する分、ルールメイキングで国際社会に存在感を示そうとする。AIの実装によるさまざまなリスクと対応策を想定した包括的なEU AI規制法は、人権保護を主軸としながら違反者には罰則を設定しており、規制を通じてパワーを行使しようと試みている。ChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)は既存の検索エンジンの代替となることで、人々の認知空間への入り口となるだろう。それは人々の思想に影響を与えるということでもある。意図的なバイアスや偽情報の浸透は、国家の安全保障に直結する。そのため「ソブリンAI(AI主権)」つまり自国の価値観に基づいたAIを主権国家がもつことは安全保障の新しい論点になりつつある。



