文化的に潜在している摩擦が経済的利害と結びつくと事態はいっそう深刻になる。米国バンス副大統領の自伝がそれを直写している点については以前触れた。
最近のインバウンドは歓迎すべきことだが、日本人のいら立ちも募っている。今夏、地下鉄が事故で運転休止になった折、大手町駅は大混乱だった。それを悪化させていたのが構内アナウンスだった。夕刻、帰路を急ぐ人々がアナウンスに耳を傾けるが、英語、中国語、韓国語と続き、肝心の日本語情報が遅い。仕方なく外に出ると道路は外国人客が楽しむゴーカート群で大渋滞、タクシーが止まれない。急増する外国人観光客が、地域住民の日常生活を脅かすケースも少なくないという。
洋の東西を問わず、Do in Rome as the Romans do、郷に入れば郷に従え、と教えられている。これを基軸に相手を理解し、相互に異質なものを受容していく態度が異文化交流の要なのだが、昨今はそのプロセスを経ずに一気に異文化が生身で触れ合ってまい摩擦を起こす。その結果、内外問わず、性急なナショナリズムを煽り立てる。
米国や中国のように巨大な大陸であれば、万にひとつは自給自足が可能かもしれないが、日本は絶対に無理である。豊かな生活を実現していくためには、広く海外と交流、交易していくことが不可欠だ。日本にとってグローバル化とは生存可能性と同義、と心得るべきだろう。
その点、インバウンド・ブームは開国維新に匹敵する天恵ではないか。多様な異文化と共生していくための試練でありチャンスである。短兵急な移民促進でもなく、狭隘な自国第一主義でもない、21世紀の日本モデルをつくっていきたいものである。
過日、丸の内のオフィスビルのエレベーター前がごった返していた。米国人とインド人、それに日本人がお互いに譲り合っているからだ。それが見えない後列の人々は当初いら立っていたが、様子がわかると笑みを浮かべ始めた。こんな繰り返しが無意識の異文化交流につながっていくのである。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。


