暮らし

2025.11.05 17:00

なぜ自分だけ「人生が不利に働いている」と感じるのか、不公平さの錯覚を心理学者が解説

Shutterstock.com

公平が不正に感じられることがある理由

では、仕事も昇進も謝罪も成功のきっかけとなる幸運も得られなかったとき、これは何を意味するのだろうか。おそらく、私たちが不公平だと思っていることは、実際には単なる感情であり、必ずしも事実ではないということだ。何かが「不公平だ」と私たちの心が言うとき、それは自分がプロセスから排除されたという事実と折り合いをつけようとしているのだ。

advertisement

つまり、私たちの心の中にある本当の不公平とは、その出来事の展開において発言権や主体性がなかった、ということであることが多い。だからこそ、最も公平なシステムでさえ、自分にとって不利になるよう不正に操作されているように感じられるのだ。無作為さや複雑さによってその過程が見えず、理解もできない場合、私たちはコントロールの不在を不正の存在と同一視してしまう。

この錯覚は、非常に現実的な心理的結果をもたらす可能性がある。錯覚によって私たちは辛辣で憤った皮肉屋になり、自分は犠牲者だとみなすようになる。そうして、結果を無作為で不公平なものと見なすようになると、自分の努力は重要ではないと考えるようにもなる。「コイン投げは不公平だった」から「人生は不条理だ」になる。

一方で、推理する能力が助けになることも研究で示唆されている。参加者にゆっくり考え、振り返り、無作為を意識的に認めるよう促したところ、不公平感は著しく減少した。

advertisement

不公平さの錯覚は、ある意味で私たちが人間であることを証明するものだ。もちろん、私たちは自分が何を手に入れたかを気にかけるが、それと同じくらい、どのように手に入れたかも気にする。私たちは、自分の身に起こることを、ある種のコントロールができると感じたいと切に願っている。そうでないとき、私たちはどうみても偶然であるところに偏りを見い出すことになる。

だが一旦立ち止まって、公平と好ましさは同じではないということを思い出すと、私たちは物事を冷静に見る目を取り戻すことができる。なぜなら、あなたがどう感じようと、コインを投げると表か裏かが出て、仕事は他の人に回され、地球は回り続けるからだ。それは人生が不公平だからではなく、むしろ人生はあなたのことを意に介していないからだ。これらの結果の意味は十中八九、私たち自身に帰する。

forbes.com 原文

翻訳=溝口慈子

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事