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2025.11.05 17:00

なぜ自分だけ「人生が不利に働いている」と感じるのか、不公平さの錯覚を心理学者が解説

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どの場合においても参加者が実際に結果を操作することはできなかった。だが、誰が各ステップを行うか、ひいては誰がただ見ているだけかを決めて、フューラーらの研究チームはコントロールの感覚が人々の公平感をどう形成するかを浮き彫りにした。

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公平さは第一に感情、第二に論理

表か裏かの確率は半々であるにもかかわらず、研究の参加者は一貫して、誰かがコインを投げたときに公平性に欠けると考えた。実際、結果を見る前からそう感じていることが確認された。

つまり、不公平だと感じるのにコイン投げで負ける必要はなかった。自分がその手続きから除外されたと感じた瞬間から不公平さの錯覚が始まっていた。当然ながら、自分に不利な結果でこの感覚は悪化した。

コイン投げが無作為であることを明示的に思い起こさせられたときでさえ、参加者たちはその錯覚を完全に拭い去ることはできなかった。コインを投げる人が無作為に選ばれたとはっきり告げられた参加者も、まったく説明を受けなかった参加者と同じようにこのプロセスを不公平だと評価した。脳は公平さには関心がなく、参加しているという感覚を重視しているようだ。

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興味深いことに、勝者の感じ方は真逆だった。つまり、自分でコインを投げて勝った人は、実際には罪悪感を感じた。無作為のプロセスを「コントロール」することで、相手にとって悪い結果となったことに個人的な責任があるかのように感じたのだ。もちろん、このような罪悪感は自分以外の人が投げたときには感じない。

明らかに、無作為の結果を導くことは、たとえそう感じる論理的な理由がなくても、それが道徳的にどのような意味を持つにせよ、説明責任を感じさせる。

当然ながら、研究者たちはこの錯覚が感情や認知によって引き起こされるものなのかどうかにも興味を持った。そうして研究チームは実験の別のバリエーションを用意し、一部の参加者にコインが投げられた直後に公平性を判断をするよう求めた。他の参加者には、一旦立ち止まって考えるように指示した。全体として、直感に頼って素早く反応しなければならなかった参加者は、時間をかけてじっくり考えた参加者とは対照的に、そのプロセスを著しく公平ではないと評価する傾向が強かった。

私たちは電卓のように公平性を計算することはできない。それは一見、推論に先行する感情的な反射だ。つまり、私たちの反射神経の多くがそうであるように、誤作動を起こすこともある。脳の感情に関わる領域が純粋な無作為を道徳違反とみなす傾向があるのはこのためだ。科学誌『Neuroscience』に2017年に掲載された研究によると、前部島皮質(痛みや嫌悪感に関連する脳領域)は、たとえ誰も悪いことをしていなくても不公平を経験すると活動が活発になる。

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翻訳=溝口慈子

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