2025年3月、東京大手町の Salesforce Tower Tokyo最上階にある「オハナフロア」。セールスフォース・ジャパンを率いる小出伸一は、来日中の創業者マーク・ベニオフとコーヒー片手に話しこんだ。ともにIT業界で40年以上サバイブしてきた古つわもの。小出が日本HP社長だったときからの仲であり、話は大いに盛り上がった。ただ、昔話に花を咲かせていたわけではない。
「過去40年で起きたことより、この数カ月で起きたことのほうがマグニチュードが大きく、変化のスピードも速い。そんな時代に経営できるのはワクワクだよねと話していました」
変化の主役は生成AIだ。これまで、新しいデジタルテクノロジーが1億人に使われるようになるまで数十年かかっていたが、ChatGPTは2カ月で1億ユーザーになった。
この潮流に乗って、セールスフォースは昨年9月に自律型AIエージェント「Agentforce」を発表している。現在グローバルで展開を進めているところだが、日本市場ではある課題が浮上したという。
「データの問題です。メインフレームの歴史が長い日本はシステムが縦割りで、データのフォーマットもばらばら。データの量は多いのに、AIに入れるためのクオリティになっていないことが多いのです。それをマークに話したら、『日本のお客様に貢献できるよう、データ問題を解決するソリューションを出そう』と言ってくれた」
このときの会話がきっかけで開発が加速したのが「Zero Copy」機能だ。開発はグローバル本社だが、日本市場を強く意識した開発だった。
この例からもわかるように、セールスフォース全社のなかで“ジャパン”は特殊なポジションにある。各地域の大半の部門のレポートラインはグローバル本社に対してだが、ジャパンの各部門は小出の傘下にある。各地域の責任者で9割以上の自国の社員を部下にもつのは小出だけだ。
「おかげでジャパンはお客様に近いところで柔軟かつスピーディに判断できます。例えばパートナー戦略もグローバルと違うし、データセンターも『国内に置きたい』『災害リスクを考えて海外に』というお客様のニーズに合わせて正副で用意できる。社長になって11年。ジャパンが成長できたのは、アメリカとの関係性を強化しながら日本独自のモデルをもつ“グローカル”だからです」
サラリとそう語るが、グローカルはやり方を間違えると、むしろグローバルとローカルの弱点の寄せ集めになってしまう。グローカルモデルが奏功したのは、小出のバランス感覚が優れていたからだろう。



