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2025.11.13 16:00

エンタメ企業へ進化するくら寿司 商いの基本は「人を喜ばせる心」

1977年の創業以来、「安心・美味しい・安い・楽しい」をコンセプトに全国542店舗、海外に143店舗(2025年10月末時点)の合計600店舗以上の拠点を展開し、多くの人に愛される回転寿司チェーンのくら寿司。創業社長である田中邦彦は、ビッくらポン!や抗菌寿司カバーなどさまざまなアイデアを発案した張本人だ。彼のイノベーションの源泉はどこにあるのか。


半年間で2,500万人以上の来場者を迎え、大きな話題となった大阪・関西万博。ここで世界の度肝を抜く店舗を出店、1か月前から予約枠がすべて埋まり、当日の整理券を求めて開店前から外に行列ができるほどの超人気店となったのが、くら寿司だ。

あえて寿司ではなく、世界70の国の料理を寿司レーンに並べた。社長の田中邦彦は「最初は世界の料理を使ったお寿司をやろうとした」と語る。480を超える試作メニューもできていたという。

「でも、これでお客さんに本当に喜んでもらえるか。それぞれの国の名物料理こそ、世界に我々をアピールできるんじゃないかと思いました。寿司に限らず、パンでもケーキでもいい。そういうことができる会社ですよ、ということも知ってもらえる」

同社の並々ならぬこだわりは空間にも表れている。くら寿司史上最多の338席、レーンも史上最長の約135メートル。外壁素材には廃棄予定の貝殻約33万6,000枚を、店内に廃棄プラスチックや廃棄物となる漁具を再利用。間伐された杉の木を使用したベンチなども置かれたジャパニーズモダンスタイルの空間は、サステナブルが強く意識された。

「半年という期間限定なのに、大きな投資をしました。でも、世界中の人にくら寿司の名前とサービスを知ってほしかったんです。美味しいのはもちろん、ビッくらポン!をはじめ、楽しい。そんな場所を提供できるのが、我々なんですから」

くら寿司はさまざまな「業界初」を先駆けてきた回転寿司チェーンだ。時間制限管理システム、家族連れでも利用しやすくしたE型レーン、タッチパネル式注文システム、抗菌寿司カバー「鮮度くん」、AIカメラシステム、そして子どもに大人気の「ビッくらポン!」……。世の中をハッとさせるアイデアを次々に展開、人気を獲得してきた。

「お客さんにもっと喜んでもらいたい、もっと驚かせたい、という気持ちがもともと強いんです。そしてもうひとつ、忘れてはならないのは、お客さんは変化するということです。同じことをやっていたらダメ。守るべきことは守るけれど、変えるべきは変える。不易流行が、やはり商売の基本ではないかと思います」

「捨てることの大切さ」回転寿司業への転換

田中がビジネスを志したきっかけは、幼少期にさかのぼる。岡山・総社市で、八百屋を家業としていた両親は、息子に商売人になってほしいと願った。

「いろんな手伝いをして、集金にも行きました。なかには払ってくれないお客さんもいるんです。しかも、毎年。そういう人はどういう人なのか、よく見ておけ、と母親には言われました。商売のためのたくさんの勉強をさせてもらいました」

進学校に進み、商売人になるために勉強をしていた田中はある詩に出会う。高村光太郎の詩『道程』の一節、“僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る”。「創造することこそ、生きる意味なんだ」と考えた。

大学に進学したのも、大阪に出て商売をするためだった。当時の花形はスーパー。しかし、商売の勉強をするために就職先に選んだのは、醸造酢メーカーだった。

「みんなスーパーを目指したけれど、あえて川上でものを見たほうが面白いものが見えるんじゃないかと思ったんです」。これが“道”の始まりとなる。

営業として寿司店を回るうちに、あることに気づく。戦後1960年ごろにできたにぎりずし店は、外食産業の勃興期を迎えた1970年代、マーケットの急拡大にあぐらをかいた業界に見えた。田中はそこにヒントを見出し、1977年、26歳で独立して持ち帰り専門の小さな寿司店を開く。

「必要なのは、コンセプトでした。そこで私が考えたのは、徹底した健康へのこだわり。農薬まみれじゃない、添加物まみれじゃない、自然なものを提供しよう、と」

目指したのは、昔の田舎の料理だ。素材も鮮度も素晴らしかった、添加物も入っていない「祖母の味」を提供することで、人に支持してもらえる商売を目指した。

だが、そう簡単にはいかなかった。当初は目標月商の3分の1にも届かず、これでは生活ができないと、お店のシャッターを下ろした後に家族総出でチラシを配る日々。知名度が上がり、少しずつ売り上げが上向いていった。数年してようやく目標月商に達したが、ここで「捨てる」決断をする。

「この小売り事業に未来はあるか、とあらためて思い始めたんです。大きな競合が出てきたら、ひとたまりもないだろう。だから、うまく行き出した事業を捨てるんです。捨てることの大切さです」

創業から7年。出会ったのが、回転寿司というビジネスだった。すでに先行している会社があり、繁盛しているという。関心を持ったが、設備投資にそれなりのお金がかかる。思い切って信用金庫に飛び込んだ。

「付き合いはまったくありませんでしたが、お金を貸してもらえないか、と。そうしたら、支店長が出てきて、2つ返事で貸してくれると言うんです。あなたがた家族は、シャッターを下ろしてからチラシを配っていた、と。見ている人は、見ているんだと知りました」

田中邦彦 くら寿司 代表取締役社長
田中邦彦 くら寿司 代表取締役社長

日本人の良心に恥じる商売はしない

1984年に回転寿司を始める際にも、創業期のコンセプトを貫いた。徹底した健康へのこだわり。さらにわかりやすく「無添加」と記す。化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人工保存料を一切使わない。調味料にも使わない。添加物のない調味料を、自社でつくっていく。会社のホームページの社長挨拶では、今も変わらぬ信念を強い言葉で語っている。

「日本人には良心があったんです。それが日本の成長を支えた。でも、今はそれが失われつつある。法に触れなければ、何をしてもいいのか。自分たちは本当は口に入れないようなものを、売ってはいないか。見えないところこそ、大事だと思うんです。世阿弥のいう、秘すれば花、ですよ。そんな日本文化を、日本の食文化の代表であるお寿司を通して、再構築したいと思ってきた」

時間制限管理システムや抗菌寿司カバーなど、くら寿司が多くの人に支持された業界初の取り組みを生み出せたのは、食の安全への強いこだわりがあったからだ。それが、画期的なアイデアを生み出していったのである。

「新しい発想というのは結局、お客さんへの愛情であるとか、正義感であるとか、そういうところが根本にあるんです。それが会社に浸透してきましたから、私が今、去っても何かを生み出せる文化ができている。一朝一夕にはできませんけど、失敗してもかまへんから、と言い続けてきたことも大きいと思います」

一方、経営で重視したのは、財務をしっかりすることだ。「金のある会社は倒産しない」とキャッシュフローに常に気をつけてきた。上場後、内部留保を膨らませることに株主から反発を受けたが、だからこそコロナなど有事にも大きな強みになった。

「商売の世界では、バンバン借金して、どんどん店を出して、売り上げ伸ばして利益を出す、というやり方もある。数字をつくるために、ひたすら従業員の尻を叩くような経営者がいますが、みんなそれで本当に楽しいんでしょうか。お客さんにワクワクするようなサービスができるでしょうか。こんな経営は日本の企業がすべきことではないと思う」

良心から生まれる日本の文化の強さを思っていたからこそ、創業の頃から世界一を目指した。「鮮度くん」を30年にわたって進化させ続けてきたのは、それが大きな武器になると考えたからだ。2009年に米国に進出。今や80店舗を数える。台湾も60店舗。米国はナスダックに、台湾はタイペイエクスチェンジに上場している。今後も、グローバル展開の拡大を目指す。

もちろん人材の活躍も、これまでの成長には欠かせなかった。従業員には、仕事に対する姿勢を問う。真摯に、真剣にやっているか。そのうえで、適性を見る。

「上げる人は選ばないといけない。そのレベルにない人を上げたら、絶対にうまくいかない。リーダーに求められるのは、人を見る目なんです」

外食の未来を変える「レストラン革命」

世界の度肝を抜いた大阪・関西万博もチャレンジのひとつだったが、今後は世界の食における革命を起こしたいという。「レストラン革命」だ。

「厨房でつくった料理を、ウェイターやウェイトレスがお客さんのテーブルにもっていく。レストランという形は、実は2,000年前とまったくやり方が変わっていないんです。最も遅れている業界が、外食業界なんです」

だから、回転するレーンを使う。ロボットを使う。エンターテインメントの要素を取り入れる。そうでなければ、飽きられて業界は廃れてしまうと危惧する。単に食事をとるというだけでなく、今後は娯楽産業のひとつになるべきだと唱える。

「お客さんに喜んでもらう。それがすべてなんです。でも、お客さんはどんどん変わっていく。だから、笑顔を見られるようにもっともっと頑張らないといけない。それが見られたら、もう十分なんです。商売人としては失格だったとしても」

表に見えるアイデアだけではない。今も、見えないところで何ができるかを模索し続けている。たとえコストが上がったとしても、だ。だが、本気で顧客のことを会社が考えていると知っている社員は、大きな自信を持って仕事に取り組む。くら寿司の強さの、真髄が見えた気がした。


たなか・くにひこ◎1951年、岡山県総社市生まれ。くら寿司代表取締役社長。桃山学院大卒。タマノイ酢退社後の77年、堺市ですし店を開業。84年、回転ずし業界に参入。95年、くらコーポレーションを設立(2019年に「くら寿司」に商号変更)。

くら寿司
本社/大阪府堺市中区深阪1-2-2
URL/https://www.kurasushi.co.jp/
従業員/正社員 2,824名(2024年10月末現在)


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