「今、目の前にあるのは、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスなんですよ」
58歳になったコリン・アングルは、そう語りながらいまだにエネルギーを失っていない目を輝かせた。iRobotの創設者として、世界初の本格的な家庭用ロボット掃除機「Roomba(ルンバ)」を世に送り出し、ロボティクス産業に革命をもたらした男である。
そんな彼が再び大きな挑戦に乗り出そうとしている。
33年間のロボット開発で得た膨大な学びを絵の具に見立て、描こうとしているのは、かつてロボット掃除機という産業を生み出したキャンバスとはまったく異なる未来の姿だ。
アングルはiRobotを離れ、新会社「Familiar Machines & Magic」を立ち上げたのは2024年のことだ。
「Familiar」とは、中世ヨーロッパの伝承に登場する魔女や魔法使いの付き添いで、ペットのような姿をしながら主人を守り、支える不思議な存在を指す。彼が目指すのは、まさにそうした存在なのだ。
30年にわたるロボット掃除機の開発は、決して彼の本来の目標ではなかった。MITで研究を始めた若き日のアングルが夢見ていたのは、単にタスクをこなすだけの機械ではない。人間と対等なパートナーとして、人を支え、思いやりを持って接することのできる「人工生命」の創造だった。
その夢は一度も色褪せることなく、彼の心の中で育ち続けてきた。そして今、ようやく彼が描いてきた夢を実現できる技術が実現しようとしている。生成AIという新しい要素が加わったことで、アングルは再びその夢を実現するために動き始めたのだ
「私たちを助ける人工生命の実現を求める旅路を野球に例えるなら、まだ2回の表。おもしろくなるのは、まだまだこれからです」
還暦を目前にした起業家は、屈託なくそう笑いながら「私が元気なうちに、このゲーム(試合)をきちんと終わらせることができると予想しているんだよ」と笑うアングルのゲームは、これから始まろうとしている。
30年の旅路から学んだ3つの真理
しかし“ロボティクス”という新しい技術を家庭の中で、しかも役立つ道具として普及させる道は簡単ではなかった。
「掃除機に30年も取り組むとは思っていなかったよ」と彼自身も振り返る。
しかし、iRobotで経験した困難な旅路は価値あるロボットを作るための経験をもたらしたという。彼は家庭に向けてロボットを普及させるための「ロボティクスの3つのステージ」について話した。
第一のステージは、極めてシンプルだが、多くのロボット企業が乗り越えられない壁だ。「ロボットは、それを作るコスト以上の価値を生み出さなければならない」。当たり前のように聞こえるこの原則が、実は最大の難関なのだとアングルは語る。
「ロボットは非常に高価です。多くの企業が失敗するのは、自分たちがイメージするロボットをまず作り、それから用途を探そうとする」


