経済・社会

2025.11.06 13:30

なぜ人は「ヘイト」に陥るのか? 人類学者が説く「物語」という名の呪い

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私は2010年から2年弱ほど、フィールドワークの一環で南スーダンのとある民族の集落で居候生活を送っていた。その集落は民族紛争が繰り返されていた地域だった。アフリカにおける「民族問題」という言葉には注意が必要だ。

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その背景には、植民地統治の歴史や政治家同士の対立、グローバル経済のしわ寄せ、地域格差など、「民族の違い」だけでは説明しえないさまざまなファクターがあるからだ。一方、それらの諸問題を一くくりにしてわかりやすく結論付けるための便利な道具として、「民族問題」や「文化(人種・宗教)の違い」という物語がしばしば機能する。

私が滞在していた地域にあった道端のカフェでは、例えば次のような会話がよく交わされていた。「こいつの出身の〇族には、こんな変な慣習があるんだよ!ウケるだろ!」「いや、だってお前の民族にも〇〇の野蛮な文化があるじゃないか!ワハハハ!」

この段階の言説はまだ「民族問題」に発展しておらず、どちらかというとお互いの違いを面白がるエスニック・ジョークのたぐいで、民族を超えた者同士のコミュニケーションの潤滑剤となっていた。しかし、ひとたび政治情勢が不安定になったり、経済状況が悪化したりすると、こうした冗談半分に語られていた言説が、「あんな慣習をもつ民族は同じ人間ではない」といったシリアスな差別や排除的な言動へと変化することがあった。

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そして研究者である私も、武力紛争が激化するなか、居候先の民族を「攻撃してくる」(とうわさされていた)別の民族を心から恐れていた。それだけでなく、敵の民族に対して「根絶やしになってほしい」と本気で願っていた。敵民族に関する真偽不明の情報を真剣に受け止め、居候先の家族と一緒になって彼らをののしった。これはまぎれもないヘイトだ。 毎夜の銃撃におびえる私たちに必要だったのは、目の前の恐怖を説明してくれる物語だった。この恐怖の前では、日本で受けた道徳教育も、高等教育で培った知性や理性も無力だった。

帰国後、自身が経験した民族紛争には複雑な背景があり、攻撃していたのは必ずしも私が「ヘイトした」民族でないことを知った。私は研究者として自分のヘイト的言動を恥じた。では、また同じような恐怖に直面した際、ヘイトの物語に加担せずにそれを乗り越えられるかと問われれば、正直自信がない。 

これはアフリカ紛争地域の極端な経験に思われるかもしれないが、日本におけるヘイトを巡る状況にも通じている。それは「わからなさ」への不安、そして人がよって立つ「生の基盤」が脅かされることへの恐怖だ。これらの感情は、社会で支配的な物語をつくりあげ、流通させる強い原動力になる。
 
私は自分の経験をもってヘイトや差別を正当化したいわけでも、仕方のないものとして諦めたいわけでもない。ただ、誰もがヘイトに陥る心理的・社会的状況があることを自覚し、この状況を「異常」「例外」としてラベリングするのではなく、「自分ごと」として向き合えるようになりたいと考えている。

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文=橋本栄莉

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