なぜこんなことになったのか?
米国では、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ、ジョー・バイデン政権下の17年間、外交政策の存在そのものが問われ続けてきた。オバマ政権時代には、中国の習近平国家主席が南シナ海で軍事施設を拡張し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が隣国ウクライナ南部のクリミア半島を併合し、シリアのバッシャール・アサド大統領(当時)が民間人に対して毒ガスを使用した。バイデン政権下では、日米豪印の「クアッド」や米英豪の「AUKUS(オーカス)」といった協力枠組みを推進することで、米国の主導権に関する従来の見解にやや回帰したように見えた。他方で、同政権は軍事上の関与を縮小し、アフガニスタンからは一方的に撤退した。トランプ大統領の最初の任期は比較的安定した時期だったが、現在の第2期は領土拡大への欲望や貿易関係の悪化、ロシアや中国の領土的野心に対する批判を拒む姿勢によって特徴づけられている。
少なくとも過去三代の大統領に関しては、恐らく外交政策など存在しないのだろう。オバマ元大統領もバイデン前大統領もトランプ大統領も、安定への渇望や侵略への抵抗、規則に基づく体制の支持、あるいは米国の主導権によって可能となる安全保障への意識に駆られているわけではない。
オバマ元大統領は、気候変動に関する国際会議への参加といった現代的な越境的課題に価値を見出しているように見えたが、拡張主義的な国家は同大統領の平和と抑止力に関する考えを真剣に受け止めなかった。バイデン前大統領はアフガニスタン問題を巡り、オバマ元大統領からの独立性を示すことに最も関心を示したようだ。トランプ大統領は、病的とも言える地政学への無関心によって行動している。ロシアと中国が米国の友好国や同盟国の犠牲を顧みず領土を主張しても、懸念すべきことではない。実際、これらの課題に対処する意欲がないのであれば、この脅威を軽視するか、あるいは加害者を称賛して被害者を軽蔑するのが最善だろう。
米国は外交政策を取り戻すことができるのだろうか?
このレストラン式の世界観の問題の1つは、中国が外交政策が存在すると思っていることだ。国際体制で自らの存在を主張する機会を模索するのは、まさにその成功が当初の事件を超えた影響をもたらし得るからだ。したがって、南シナ海での軍事施設の建設は、フィリピン沿岸警備隊との衝突と同様に、同地域に対する軍事力の投射を示すものだ。米国がこうした動きにほぼ無関心で、中国が巧みに実行すれば、これは短期的に中国の主張が強まることを示唆し、米国は恐らく事後対応を取るだろう。
米国が主導権と信頼性を失い、日和見主義的な国々が勢いづいたこの異例の時代は、少なくとも20年は続くとみられるが、今まさに終わりを迎えようとしている。米国の安全保障がゆっくりと衰退しつつあるという現実を、私たちは認めなければならない。さて、そろそろレストランを出る時間だ。外交政策を無視してもその結果が消えるわけではないという現実と、向き合う時が来たのだ。


