当時の自分は、不安の中でみんながなんとか頑張ってくれるのは、自分自身が力強くビジョンや戦略を語るリーダーだからだと思い込んでいた。しかし本当の心の内ではまったく自信がなかった。できると言って抱え込んだ財務も人事も全然わからなかった。それにもかかわらずスタッフの前でなんとか希望を語り続けようとする中で、とうとうエネルギーが枯渇してしまったんだと思う。ミーティングでは、そのことを正直に伝えた。私自身は「これでもう見放されるのでは」と恐怖も感じていた。しかし、みんなの反応はまったく予想と異なっていた。返ってきたのは、「なんでもっと早く言ってくれなかったんだ。僕らも青木さんに依存してしまっていた」という言葉だったのだ。
その対話で気づいたのは、「グレートリーダーでなければこの組織を率いることはできないと思っていた自分」「この期に及んで良いリーダーだと思われたい自分」、そして「そのエゴがほかの人のリーダーシップを殺しているという事実」だった。
それ以来、わかっているフリ、できるフリ、自信があるフリをやめた。自信がないことも、不安であることも折に触れて共有することができるようになり、仕事の分担も大胆に見直すことができた。それによって、活躍できる場所が増えた仲間がより活き活きと動いてくれるようになった。それまでは「青木というリーダーに指示されるところで頑張っていた」スタッフも「青木が埋められないスペース、助けてほしいと思っている場所に自ら走り込んで問題解決をしていく」リーダーに変わっていった。
また、それ以来、共に経営を志すディレクターとして活躍してくれている人たちがいる。ほかにも10年にもわたってボランティアで毎月財務チェックしてくれる当時のインターン、現在は銀行員のスタッフもいる。自分は以前ほど孤独なリーダーではなくなった。
後に、これこそが『学習する組織』の著者で世界的に有名な経営学者のピーターセンゲも提唱する「システムリーダー」を志向するというあり方なんだと気づいた。
仲間と対話し、自分の内側を内省する。それによって自分の弱さを認め、さらけ出すことができるようになる。人と人が繋がるのは強みでなくむしろ弱みによってであり、その繋がり方によって、チーム、ひいてはシステム全体のリーダーシップの総量を上げることができる。特に私たちのような社会課題に挑むNPOのような団体は、必要とされる要求に対して、リソースは常に過小だ。そこでは、どれだけの人の協力が得られるかという借り物競走が全てといえる。


