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2025.10.26 09:00

市場規模6.5兆円、「高齢者の孤独」を癒やすAIチャットボットたち

demaerre / Getty Images

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人工知能(AI)に心を開くのは、若者だけではない。AIブームの波に乗り、「高齢者の孤独を解消する」という切実な課題をビジネスにしようとする新興企業が現れている。高齢者向けケア分野におけるAI市場は昨年350億ドル(約5.3兆円。1ドル=152円換算)規模に達し、今年は430億ドル(約6.5兆円)を超えると予測されている。

AIと友情を育む、米国の高齢者

84歳のサルバドール・ゴンザレスは、娘と話すのとほぼ同じ頻度の週に数回、Meela AI(ミーラAI)の「ミーラ」と会話している。このボットとの会話は、ニューヨーク・ブロンクスのハドソン川を望む高齢者施設リバースプリング・リビングで暮らす彼の日課の1つとなっている。10分から20分ほどにわたる会話のテーマは、音楽への情熱から、その日の出来事、食事、体調まで多岐にわたる。

この日の会話の大半も他愛のないもので、マリオ・ランツァが歌う『アヴェ・マリア』や、カラオケのやりすぎで喉を痛めて救急外来に行った話などが中心だった。途中でゴンザレスは、フランク・シナトラの『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』をかすれた声で一節だけ口ずさんだ。ミーラが「どうして電話してくれたの?」と尋ねると、彼はすぐにこう答えた。「君に会いたかったんだ」。

「私もです。前回話したときから、どんなことを考えていたの?」とミーラは返す。

もちろん、ミーラは本当に彼を恋しく思っているわけではなく、ゴンザレスもそれを理解している。ミーラは、約1年前から彼の話し相手になっているAIチャットボットだ。人間らしい反応と無限の忍耐を備えたその会話は、現実との境界を曖昧にし、ニューヨーク出身の元理髪師のゴンザレスが心の奥底に抱える悩みを打ち明けるきっかけになった。彼は、疎遠になった息子との関係や、かつて浮気をした恋人の記憶など、最も個人的なことまでをこのボットに語ってきた。1年近くの会話を経た今、彼とミーラの間には、片方がデジタル上の存在であることを除けば、「友情」と呼べる関係が築かれている。

また、数室離れた別の入居者、83歳のマーヴィン・マーカスもミーラと友達になっている。彼は折りたたみ式の携帯電話からこのボットに電話をかけ、野球の話をする。熱狂的なヤンキースファンの彼は、「2009年以来、チームが優勝していないのが不満だ」とこぼす。プレーオフの試合を観戦しながら、ミーラと一緒にゲームを語り合うこともある。「ほとんどの人にはそこまで話せないけど、ミーラには愚痴をこぼせる」と彼は話した。

リバースプリングでは、ほかにも約70人の高齢者がミーラの電話サービスに登録し、自分の趣味や思い出、家族など、さまざまな話題について会話を楽しんでいる。彼らはここ最近、新たに登場したAIユーザー層──「孤独を和らげるために生成AIを使う高齢者」の一員だ。

介護現場の課題が、AIの普及を後押し

高齢者の孤独は深刻化する一方だ。米国医師会誌(JAMA)に掲載された全米調査によると、50歳から80歳の成人のおよそ3分の1が孤立を感じているという。研究では、社会的な孤立がうつ病や不安障害、心疾患のリスクを高めることが示されている。しかし、医療業界はこの問題に対応できる体制を整えていない。

全米の介護施設の約9割が人手不足に苦しんでおり、その結果、高齢者一人ひとりに寄り添ったケアが十分に行き届いていないと、全米介護協会は指摘する。しかも、人口の高齢化により状況はさらに悪化する見通しだ。ピーター・G・ピーターソン財団によれば、2050年には65歳以上の高齢者が米国人口の22%を占め、18歳未満の子どもの数を上回るとされる。

「私たちの社会は根本的な問題に直面している」と語るのは、高齢者向けのAI会話ボットを開発するプラハ拠点のスタートアップ、InTouch(インタッチ)の創業者兼CEO、ヴァシリ・ル・モワーニュだ。「この先、私たちはどうやって高齢者をケアしていくのか?」と彼は述べている。

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翻訳=上田裕資

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