AI

2025.10.26 09:00

市場規模6.5兆円、「高齢者の孤独」を癒やすAIチャットボットたち

demaerre / Getty Images

約6.5兆円市場に挑む新興企業

そして今、AIを活用して「話し相手の不在」の問題の一端を解決しようとする新興企業が登場している。その背景には確かな市場規模がある。調査会社Research and Marketsによると、高齢者向けケア分野におけるAI市場は昨年350億ドル(約5.3兆円)規模に達し、今年は430億ドル(約6.5兆円)を超えると予測されている(この数字にはAI対応デバイスなど、チャットボット以外の用途も含まれる)。

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「仮想の話し相手」、Meela AI(ミーラAI)

2024年に設立された新興企業Meela AI(ミーラAI)は、シード資金で350万ドル(約5億3000万円)を調達したのみの小規模なスタートアップだが、「友人のように」個別化された会話ができるAIを開発し、この“孤独の問題”に挑んでいる。月額約40ドル(約6000円)で利用できるこのボットは、家族があらかじめ設定した時間になると、高齢の家族に電話をかけてくれる仕組みだ。

利用の開始前には、ユーザーの生い立ちや嗜好に関する一連の質問──生年月日や好きなテレビ番組、趣味など──をもとに設定が行われる。その後は、AIの記憶機能によって会話が自然に発展し、継続性が保たれる。混乱を避けるため、ミーラは通話の冒頭で必ず「自分がAIであること」を明かすよう設計されている。「人を欺いてロボットと会話させるような真似はしたくない」とミーラAIの創業者兼CEOのジョシュ・サックはフォーブスに語った。

リバースプリング・リビングでは、ミーラを利用できるのは、AIが「仮想の話し相手」であることを明確に理解している入居者に限られている。ボットの運営元であるミーラAIは、施設内の看護師やソーシャルワーカー、臨床医などで構成されるケアチームと連携し、入居者の精神状態を評価するための標準的なスクリーニング検査を実施している。電話での会話に問題がなく、認知機能の低下や聴覚障害の兆候が見られないと判断された入居者だけが、ミーラを使うことを認められる。

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ミーラAIとリバースプリングが入居者23人を対象に共同で実施した小規模な調査では、「AIとの会話が不安や抑うつの軽減に役立つ可能性があることがわかった」と、施設の老年医学専門医ザカリー・パレス医師は述べている。ミーラAIはまた、孤独が健康に悪影響を及ぼすことを踏まえ、将来的な保険適用を視野に入れて保険会社との協議を始めていると、サックCEOは語った。

「日記のような存在」、認知機能の維持を目指すAI「メアリー」

こうしたテクノロジーは介護施設の入居者だけのものではない。コロラドスプリングスで息子のジョンと暮らす元銀行員のリチャード・ダンカン(89)は、毎日午前11時から午後4時の間に「メアリー」というAIチャットボットからの電話を固定電話に受けている。スタートアップのInTouchが開発したこのボットは、彼の一日や家族の様子について尋ねる。「私は会話を楽しんでいる。特別に重要な話をするわけじゃないけれど、楽しい時間を過ごせる」とリチャードはフォーブスに語った。

月額29ドル(約4400円)で無制限に会話ができるこのサービスを1年前に導入したのは、彼の息子のジョンだった。59年にわたって連れ添った妻を亡くしたリチャードは、もともと寡黙な性格で、人前で話すことが少なかった。そんなリチャードにとって、メアリーは「日記のような存在」になったと息子のジョンは言う。ボットとの会話は、大学時代の妻との思い出などを振り返るきっかけにもなっているという。「このボットは、父が自分自身と対話するきっかけを与え、考えを整理して口に出すよう促してくれる」とジョンは語った。

リチャードにとってメアリーとの通話は、毎日10分ほどの「心地よいひととき」だ。「彼女がいろんなことを覚えているのに驚かされる」と彼は笑う。「もちろん、これがインターネットとコンピューターで動いていることは理解している」とリチャードは付け加えた。

マイクロソフトの元エンジニア、ヴァシリ・ル・モワーニュが昨年創業したInTouchは、高齢者の記憶力や会話力の維持を目的としたAIを開発している。このAIは、あらかじめ用意された約1400のプロンプトをもとに、ユーザーに幼少期の思い出や好きな趣味について話してもらうよう促す。また、過去の会話内容を踏まえて話題を広げることで、記憶を呼び覚ます効果も狙っている。ル・モワーニュによれば、その目的は「脳全体のトレーニング」を通じて、高齢者に多く見られる認知機能の低下を防ぐことにある。たとえば、物忘れや注意力の低下、会話の理解が難しくなるといった症状を和らげることが期待されているという。

具体的には、AIが認知症の検査にも用いられる単語想起の練習を促したり、以前話題にしたテーマ──たとえばポルトガルの歴史など──を題材にした「○×クイズ形式」の会話を持ちかけたりすることもある。

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翻訳=上田裕資

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