──社会全体で謙虚になり、未来世代のためにどんな選択をすべきか検討する必要があると。
アタリ:その通りです。その道はふたつあります。ひとつ目は民主的な道です。つまり、未来の世代の視点を私たちの政治的選択に組み込むことです。未来の世代が投票権をもっているかのように私たち自身が振る舞うことです。
ふたつ目は権威主義的な道です。実際、過去において大改革を断行したのは、往々にして独裁政権でした。一部の独裁国家は、石炭への依存を減らすことで、民主国家よりも早く「命の経済」へと進んでいます。悲しいことですが、現実はそうなのです。
一方で、北欧諸国やニュージーランドは民主主義のなかで良いモデルを示しています。国家規模の大小は関係ありません。重要なのはリーダーシップとビジョンをもつことです。
テクノロジーはハンマーみたいなもの
──あなたは著書『世界の取扱説明書』のなかで、「経済理論は常に間違い、特に未来に関してはまったく役に立たない。これは経済学の敗北だ」と述べています。「命の経済」は、未来に向けて役に立つ行動指針となるのでしょうか。
アタリ:私にとって唯一の答えは「命の経済」です。消費者、生産者、貯蓄者、銀行家、市民にとって、常にあらゆる活動において、それが「命の経済」に役立つのか、「死の経済」から「命の経済」への移行に資するのか、あるいは害を及ぼすのかを常に問い直すことが必要です。これが絶対的な基準であるべきです。例えば、どんな服を買うのか、何を食べるのか、娯楽や本、さらにはビデオゲームまでも常に「命の経済に役立つのか?」と自問して評価するべきです。
──AIやロボティクス、バイオテクノロジー、核融合といった技術革新は、「命の経済」を実現する鍵となるのでしょうか。あるいは「死の経済」につながる危険もはらんでいるのでしょうか。
アタリ:すべては使い方次第です。テクノロジーはハンマーのようなものです。人を殺すことも、家を建てることもできます。AIも、バイオテクノロジーも「命の経済」に役立つ場合もあれば、「死の経済」に利用される場合もある。結局、どう使うかにかかっています。
現代や未来のテクノロジーの方向性が市場の利益のみによって決定されるなら、それは「死の経済」に向かっていくでしょう。一方、「命の経済」を優先すればポジティブな社会の実現のために役立つはずです。
例えば、マンマシンインターフェース(人間と機械の間の伝達を行う機器やコンピューター・プログラム)を利用すれば、面倒で退屈な仕事をできるだけ早くこなすことができます。量子コンピューターとデジタルツインが、より的確な病気の予防、診断、治療の準備を可能にするでしょう。電子チップを脳に埋め込むことで、脳の病気、神経変性疾患、精神疾患のリスクを評価できるようになるかもしれません。また、新たなテクノロジーにより、大量の再生可能エネルギーの利用が可能になるでしょう。現在予想されているよりもかなり早い時期、例えば50年ごろには、再生可能エネルギーの蓄電技術が開発されているはずです。
これらを実現するためには「命の経済」への継続的な投資が必要なのです。


