欧州

2025.10.28 14:15

「マスク効果にエビデンスなかった」。元国家疫学者、『手記』でスウェーデンコロナ対策語る

スウェーデンの新型コロナ対策の指揮をとった元国家疫学者アンデシュ・テグネル氏

スウェーデンの新型コロナ対策の指揮をとった元国家疫学者アンデシュ・テグネル氏

2007年、スウェーデンに移住した宮川絢子博士は、スウェーデン・カロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務の医師である。日本泌尿器科学会専門医取得後、スウェーデンで泌尿器外科専門医を取得している。

宮川博士はこのたび、スウェーデンの新型コロナ対策の指揮をとった元国家疫学者アンデシュ・テグネル氏の著書を翻訳、『学際的パンデミック対策:新型コロナウイルスと戦ったスウェーデン元国家疫学者の証言』(法研 刊)として上梓した。

以下は、同書についての宮川博士による寄稿である。なお、日本の読者のために行っていただいたテグネル氏へのインタビューの内容も盛り込まれている。


スウェーデンの「ミニスターコントロール禁止原則」

筆者は、2007年にスウェーデンへ移住後、2008年に同国医師免許を取得し、首都ストックホルムにあるカロリンスカ大学病院で外科医として勤務してきた。

先の新型コロナウイルスによるパンデミックの際、ほとんどの国が「ロックダウン」という強硬策を採用した中、スウェーデンは「ロックダウン」を採用しなかったことは日本の読者諸氏の記憶にもあたらしいことと思う。このことは「独自路線」と評され、高齢者介護施設での死者数が非常に多かった事実もあって、「無策」であり、「人命軽視」であると誤解もされた。

だが、本当にそうだったのか。

筆者が翻訳を担当した、元国家疫学者アンデシュ・テグネル氏の著書の日本語版の裏表紙には、元駐スウェーデン日本国特命全権大使で、現日本赤十字社常任理事の渡邉芳樹氏の推薦文が掲載されている。

渡邉氏は中で、スウェーデンには「ミニスターコントロール禁止原則」があることに言及されている。行政庁は政治から独立しており、独自の采配ができるという原則である。この原則のおかげで、他国が死亡数が増えることによる社会からの批判を怖れ、エビデンスなしに強硬な手段を選択せざるを得なかったのに対し、スウェーデンは、「社会からの批判」に影響されずに信じる道を進むことができたのである。

医療現場の最前線で筆者が目撃した現実

2019年に中国武漢での新型コロナウイルスエピデミック発生後、2020年2月にはスウェーデンでも第一例目となる新型コロナウイルス感染者が確認された。スウェーデンには、冬季に1週間、「スポーツ休暇」と称した休暇があり、学校が休みになる。この期間におよそ100万人のスウェーデン人が国外へ旅行に出かけるが、彼らの帰国に伴い、多くの感染者が入国することとなり、スウェーデンでも感染拡大が始まった。

最も多くの感染者が発生したストックホルムでは、5つの大病院が感染者の緊急搬送、集中治療を含む入院治療を担当した。これらの病院では、業務の一部を感染者の治療を行わない医療機関に委託するなどして通常業務を縮小し、感染者治療のキャパシティを拡大した。

中でも、筆者の勤務するカロリンスカ大学病院は、10床のECMO床を含め、通常から約400%増加させた200床のICUベッドを用意し、スウェーデンで最も多くの感染者治療にあたった。医療従事者も、本来の専門領域にかかわらず感染者治療を分担した。筆者もICU診療を経験したが、伏臥位の患者をガスマスク装着しながら診療する現場の壮絶さは筆舌に尽くし難いものがあった。

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