訳本をテグネル氏の元へ
先日、訳本をテグネル氏の元へ届けに行った。訳本の表紙は、スウェーデンの通信社のアーカイブから苦労して探して訳者が購入したものであるが、スウェーデンの国旗を背景に、硬い表情で斜め前方を見つめているテグネル氏の写真が目に入った時、一目で「これしかない」と強く思った。出版社の担当者は、この写真を見事な表紙にしてくれた。
写真の選択や表紙のデザインはテグネル氏自身も非常に気に入ってくれた。写真のテグネル氏は、櫛を入れず少しボサボサの髪で、ジャケットから出たシャツの襟が整えられていないといった風貌だが、「それがあなたらしい」と指摘したら、テグネル氏が「その通り」と笑ってくれた。
この本のタイトルは堅苦しく感じられるかもしれないが、内容は決して専門家向けではない。テグネル氏の仕事や生活、心の動きを、小説を読むかのように追うことができてワクワクする。また、所謂、スウェーデン礼賛の本ではない。あくまでも事実に基づき、何が成功で何が失敗であったのか、淡々と述べられている。
この翻訳(『学際的パンデミック対策: 新型コロナウイルスと戦ったスウェーデン元国家疫学者の証言』アンデシュ・テグネル、ファニー・ハーゲスタム共著、宮川絢子訳、 法研刊)を通して、一人でも多くの方にスウェーデンのパンデミック対策の真実を知っていただき、未来のパンデミックに向けた建設的な議論の一助となることを願っている。
テグネル氏が実践した「学際的」アプローチは、感染症学だけでなく、経済学、心理学、社会学、教育学など幅広い分野の知見を総合的に考慮し、社会全体の福祉を最優先に据えた政策決定の在り方を示している。単一の専門分野の視点に囚われることなく、複数の学問的観点から物事を捉え、長期的な視野で国民の幸福を追求したその姿勢は、今後の危機管理においても重要な示唆を与えるものであろう。
テグネル氏の誠実な言葉とその背景にある「学際的」な思考が、日本の読者にも必ず届くと信じている。

宮川絢子(みやかわ・あやこ)◎スウェーデン・カロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務。平成元年慶應義塾大学医学部卒業。スウェーデン泌尿器外科専門医、医学博士、カロリンスカ大学およびケンブリッジ大学でポスドク。2007年スウェーデン移住。スウェーデン人の夫との間に男女の双子がいる。



