ハードからソフトへとものづくりが移行し、BtoB企業の存在や価値が見えづらくなるなか、未来の成長を支える若年層との接点づくりは大きな課題だ。採用競争も激化するなか、どうすれば若年層を惹きつけるブランドになれるのか。
NECが注目するのは、若年層を「採用候補」にとどめず、将来の「顧客」や「パートナー」「投資家」も含めた「未来のステークホルダー」として捉える視点だ。
一方通行のコミュニケーションではなく、体験を通じて信頼関係を築く——その実践をブランドエクイティマネジメント室の四方作刀志に聞いた。
デザインに潜む「関係づくり」
独りよがりのコミュニケーションからビジネス成果は生まれない──ICTメーカーや自動車部品メーカーでプロダクトデザイナーとしてキャリアを積んできた四方は、そこでの経験をこう振り返る。
「デザイナーの仕事の大部分は地道な調整業務です。製品を市場に出すためには、社内外の開発、営業、生産、購買、知財——それぞれ異なる立場の関係者に対して、デザイナーは『この製品を通じて届けたい価値』を、相手が理解できる言葉で伝え直していく必要があります。顧客に対しても、自社の技術やデザインがどれだけ優れているかを一方的に主張しても納得されませんし、信頼や期待を得ることはできません」
こうした経験から、四方は「デザインとは、製品を通じてユーザーとブランドの良い関係をつくること」であり、それを世に出す過程においても、デザイナーは「ステークホルダーとの関係づくりを担う役割」なのだと理解するに至ったという。
2024年に立ち上がったNECのBrand Equity Management(BEM)の「“社会の声”を起点にブランドを分析し、新しいブランディングの在り方をつくっていく」というスタンスは、多様な人々との対話や体験を、共有を通じた「仲間づくり」によってブランド価値を高めたいと考えていた四方にとって、興味を引かれるものだった。
BEMは、企業ブランドを戦略的に管理し、企業価値向上につなげることを目的とした組織だ。プロフェッショナルファームのデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社とともに、ブランド資産価値を金額換算する取り組みや、企業ブランド調査から得られるデータを基にしたブランドの健康状態を示す独自指標「Brand Mass Index」の開発など、ブランドを財務的視点で捉える試みを進めてきた。
そうした一連の取り組みの中で着目したのは、将来的なブランド資産の“原資”——関係資本の存在。さらに、数年後の関係資本となる未来のステークホルダーとの関係づくりだ。
「ブランド関係人口」という視点
多くのBtoB企業は今、若年層との接点に課題を抱えている。生活者との直接的な関わりが少ないため、「何をしている会社かわからない」と認知されにくい。
加えて、若年層は自社の短期の売上に直接貢献する層でないため、採用以外の文脈で若年層との関係づくりへの投資を、経営層が意思決定しにくいという現状もある。
しかしBEMは若年層との関係づくりを、単なる「採用活動の一環」とは捉えていない。もっと広い視野で、これから社会の中核を担う世代をターゲットとした、「未来のステークホルダーとの関係資本への投資」だと、四方は言う。この考え方の核にあるのが、「ブランド関係人口」という概念だ。
「ブランド関係人口」——これは、地方創生で注目される「関係人口」からヒントを得た、BEMによる造語だ。関係人口とは、交流人口と定住人口の間に位置し、地域の価値創出に積極的に関わる人々を指す。
「既存の顧客やパートナー、投資家、社員といったステークホルダーを企業にとっての『定住人口』と解釈すると、彼らとの信頼関係の維持はもちろん重要です。一方で、変化の激しい状況のなかでは、今のステークホルダーとの関係性が、未来永劫続く保証はない。人口減少やマーケットの変化、何かのピボットが起きたとき、次のステークホルダー候補との関係づくりに先手を打つことが重要になってくると考えています。そのなかでも、企業の将来価値への貢献可能性が高そうな人々を、企業にとっての『関係人口』だと考えました」
たとえ今後、環境がドラスティックに変化したとしても、企業に信頼を寄せるブランド関係人口を幅広く構築できていれば、新たなステークホルダーにつながる可能性が高まる。
こうした中長期的な取り組みを進めるにあたり、四方は他社の事例を参考にしてきた。なかでも大きな影響を受けたのが、伊藤忠商事の取り組みだという。
「伊藤忠商事では、ITOCHU SDGs STUDIOを本社に併設し、子どもたちが遊びを通してSDGsに触れることができるキッズパークを運営しています。担当者に意図を聞いたところ、BtoB企業であるが故の生活者との接点不足から、ブランド価値が低下することへの懸念を前提に、『将来、子どもたちが社会に出たときに、伊藤忠と言えば小さいころによく遊んだところだな、と思い出すことで、選ばれる伊藤忠であり続けたい』とおっしゃっていました。そこまで長期視点で関係人口をつくっていこうと投資している姿勢に感銘を受けたんです」
10年、20年先を見据えた投資——来年の損益計算書には表れないかもしれないが、体験を通じて築かれた信頼関係の積み重ねがブランドエクイティという無形資産になっていく。では、「NECなりにできることは何か」と考えた。そのとき浮かんだのが、新興する教育プログラムとの連携だった。
未来の関係資本をつくり、見える化する
若年層とのコミュニケーションでも、一方的に自社の魅力を発信するだけでは信頼にはつながらない。より踏み込んだ施策として、四方が具体的に進めているのが、教育機関との連携による教育プログラムを通じた学生との関係構築だ。
この取り組みの背景には、教育環境の変化がある。現在、日本の教育は、従来の知識伝達型から、探究学習やPBL(Project Based Learning)など、実践的な価値創造型教育の拡大が進んでいる。この流れは、NECが掲げる「社会価値創造」とも親和性が高いという。また、価値創造の中心には、学生一人ひとりの思想や人間性といった、学校成績では見え難い「アイデンティティの価値」が存在している。
そこで四方は、学生の価値創造人材としての成長やポテンシャルを“見える化”する評価指標を教育機関と共創。さまざまな教育プログラムで指標のトライアルを進めながら、学生とNECがプログラムを通じて「課題に向き合う」という体験を共有していくことで、より深い関係構築を目指している。
「これは、『社会価値創造型企業』を謳うNECが、未来の価値創造人材を世に増やしながら、彼らを関係人口にしていく試みです。社会価値という無形のテーマを軸としたBtoBのテクノロジー企業なりの『緩やかなファンづくり』のようなものと捉えています」
この取り組みにはもうひとつ、NECらしい特徴がある。それが、評価指標に基づくデジタルの評価証明書を学生に発行するというものだ。
「教育機関から正式に評価証明書が発効されることで、価値創造人材が増えていること、そして彼らがNECと一定以上の関わりを持った事実が証明されることになります
この証明書はデジタル化され、分散型IDの技術を用いて、学生本人がスマートフォンの中に持ち続けることができます。つまり、彼らの手元にはNECとの接点の証が常に存在しているんです。現在、彼らがこの証明書を積極的に活用し、キャリア機会につなげられるような社会的な仕組みづくりも並行して進めています。その先に目指すのは、巡り巡って何年か後にNECの戦略パートナーとして彼らと再開する未来であり、デジタル証明書がその『答え合わせ』になると考えています」
こうした活動の投資効果の測定は、他社も含めて非常に困難だとされている。だからこそ四方は、デジタル証明書やBrand Mass Indexなどの定量的な追跡と合わせて、「物語」への接続を重要視してきた。
「ブランドエクイティという資産はあくまで情緒に依存し、画一的な数値化を万人が素直に受け入れることは難しいでしょう。だからこそ、数字の前提となるシナリオ(成長戦略)が重要だと考えています」
先の記事で示された「物語資本」が、事業を通じた具体的な「社会への価値提供」を語るとき、そこにはこれを実現するための「戦略」が必要となる。四方は、「ブランド関係人口」がどのように戦略化され、企業価値につながるのかを次のように説明する。
「例えば、NECにはBlustellar Communitiesというオープンイノベーションの枠組みがあります。ここでは、「現在」と「未来」のステークホルダー(顧客やパートナー)が入り混じって、新しいエコシステムやビジネスモデルを共創しています。これは、コミュニティメンバーとの関係資本によって新たな無形資産(市場や顧客基盤、技術、ナレッジ、ビジネスモデルなど)を生み出し、これを将来の「稼ぐ力」につなげていく取り組みなんです。
そして、ここでの成果は「成長期待」へも直結します。「ブランド関係人口」とは、こうした取り組みの持続可能性を高めるための「数年先のコミュニティメンバー」と言えます。実際に、一部のコミュニティには数年前までは学生だったスタートアップ企業のメンバーも参加していますので、そうした予備軍としての信憑性は高いと考えています」
BEMを通じて描かれるのは、企業と社会の間に新しい「関係の場」をつくることだ。
単なるコミュニケーションや宣伝活動ではなく、体験を通して互いに学び合い、信頼を育む。NECの取り組みは、未来のステークホルダーとの関係を企業戦略の中に据えることで、ブランドの持続的な価値向上につながることを示しているのだ。
日本電気株式会社
https://jpn.nec.com/
しかた・さとし◎NEC 経営企画・サステナビリティ推進部門 ブランドエクイティマネジメント室 プロフェッショナル。自動車およびICT業界で培ったプロダクト・サービスデザインの経験を基盤に、デザインマネージャーとして多様なBtoB事業支援をリード。現在はブランドエクイティ戦略の検討や分析・調査活動を通じて、ブランドと経営を統合する次世代の戦略設計に取り組む一方、若年層ブランディングのイノベーションを起点に、分散型IDを活用したマルチセクターでの新たな社会価値エコシステムの構築に挑んでいる。
撮影協力:Glass Rock https://www.glass-rock.com/
東京・虎ノ門ヒルズ グラスロック4階/地下1階に所在する、企業・行政・NPOなど多様なセクターの連携と共創により社会課題の解決を目指す会員制拠点。




