キャリア

2025.10.24 13:30

ホワイトカラー消滅時代を生き抜く「ボス力」と能動性

武田侑也(以下、武田私は学生時代から起業家になりたくて、「いちばんの近道」だと思ってVFJに応募しました。VFJの1期生として、新卒で宮城県女川町の水産加工会社鮮冷に入社し、会社の利益率を上げるためBtoC事業に携わりました。2年間は暗中模索の繰り返しで、挫折も経験しました。オンラインショップの運営では単月黒字を達成できたのですが、新規事業の立ち上げは結局うまくいかず……。精神的に追い込まれた時期もありましたが、試行錯誤する力、仮説を立てて実行する力がついたと思います。VFJ卒業後は大手企業に就職したのですが、仕事はやり方が決まっていて、明確な指示もある。正直、「こんなに違うのか」と驚きました。自らの頭で考え、問いを立て、意思決定し、やり切るという能動性が求められたVFJと比べると、上から降りてくる仕事を日々しっかり遂行するという受動性が高く、心理的負担は少なかったのですが、それに慣れてしまうことへの危機感もありました。

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冨山:それはすごく本質的な問題ですね。最初から課題が設定されていて、正解がどこかにあって、どれくらい効率的に回答にたどり着くかというのは、AIがいちばん得意な分野です。だから日本の大企業、特にJTC(伝統的な日本企業)では簡単に社員がAIに置き換わっちゃう。それがまさに、私が「ホワイトカラー消滅」と警鐘を鳴らすゆえんです。「部下力」で食ってる社員は生き残れない。そういうある種のシンギュラリティが今起ころうとしている。結構、大変な時代ですよ。

青山晃広(以下、青山私は、大学と大学院在学中、そして大学院休学中に計3回就活をしています。「就活の闇」というか、これまで見てきた企業には「わくわくしながら働いている人がいないな」と感じて、進む道を決めかねていたからです。大企業に就職するか、興味のあった地域おこし協力隊として地方に行くか、あるいはフリーランスとして生きるか、という選択肢を並べてみたときに、どれも数年後をイメージできてしまった。そんななか、VFJだけは自分の未来が想像できなかった。そのほうが人生が面白くなりそうだというわくわく感があったので、飛び込んでみることにしたのです。福島県南相馬市のトラストワンという内装施工会社に入社し、空気清浄機付きテーブル開発の事業責任者を任され、その後はDIYの動画配信サービスの事業を別法人で立ち上げました。VFJは2年を待たずに卒業して、ウェブサイトなどのクリエイティブを制作、経営者に伴走する会社を起業しました。どうやって資金調達するのか、売り上げを立てるのか、リアルな手触り感をもって取り組めたVFJでの経験が今、生きています。

小松:青山さんは派遣後2年目で、新しく立ち上げた別会社の社長を任されました。サービスを作りながら資金調達の苦労は相当なものだったと思います。

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小松洋介◎リクルートを経て、東日本大震災の被災地である宮城県女川町で復興支援にかかわる。その後、特定非営利活動法人アスヘノキボウを設立し、代表理事就任。代表理事を退任後、2022年11月、一般社団法 人VENTURE FOR JAPANを設立、代表理事就任。
小松洋介◎リクルートを経て、東日本大震災の被災地である宮城県女川町で復興支援にかかわる。その後、特定非営利活動法人アスヘノキボウを設立し、代表理事就任。代表理事を退任後、2022年11月、一般社団法 人VENTURE FOR JAPANを設立、代表理事就任。
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文=中居広起 写真=若原瑞昌

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