今、『使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ』(中公新書)が静かに売れている。以下、同書の著者で社会言語学者の瀧野みゆき氏に、「AIと英語でコミュニケーションすること」から「英語の丁寧表現」までについて、ご寄稿いただいた。
この11月で、ChatGPTが対話型の生成サービスを公開してから早くも3周年になる。
この3年で、英語をとりまく環境は、AIによって劇的に変化した。英語で仕事をしたり、勉強していれば、AIに頼ることが多くなっているだろう。英文の推敲はもちろん、自動翻訳、メール作成、会話の練習をAIですることが、ごくあたりまえになっている。
手軽で、すぐに使え、しかも費用が安いAIは、今後さらに私たちと英語との付き合い方を変え、ますます不可欠なツールになるだろう。
しかし、AIと英語を使い続けると、「無感情な英語」に慣れてしまうおそれがある。
1. AIには、「丁寧な言葉」は無駄?
2025年4月、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏が、X(旧Twitter)上で、あるユーザーの投稿に短く返信した。
その投稿は、「ChatGPTに“please”や“thank you”を言うたびに、OpenAIはどれくらい電気代を使っているの?」という問いであった。アルトマン氏は、次のように答えた。
tens of millions of dollars well spent--you never know
— Sam Altman (@sama) April 16, 2025
(何千万ドルのコストになってるけど、良い使い道かもしれない。誰にも分からないけどね)
AIに対して、世界中の人がPlease(どうぞ)やThank you (ありがとう)など、作業に直接関係のない、丁寧な言葉遣いをすることで、ChatGPTの提供元OpenAIは何千万ドル、つまり数十億から百数十億円規模の追加のコストをかけていると発言した。これをきっかけに、ささやかな丁寧表現とAIのエネルギー消費の関係が大きな話題になった。
アルトマン氏はやや皮肉とユーモアをこめて。「数十億円の価値はあったろうな……いや、実際のところは分からないな」といったニュアンスで述べ、AIに「丁寧さ」を持たせるためのコストが、本当に意味があるかどうかの判断を曖昧にして、問題提起しているようでもあった。
すぐにX上で、次のような趣旨の反応が広がった。
"So courtesy has a price tag now? Interesting."
(礼儀にも値札がついたってこと? 面白いね)
"I always say thank you to ChatGPT. I didn’t know I was costing them millions!"
(いつもありがとうって言ってたけど、そんなにコストをかけてたなんて!)
"Time to teach AI to ignore pleasantries and save money."
(そろそろAIには“礼儀”を無視させて、節約してもらおう)
こうしたジョーク混じりのxでの反応に続き、世界の新聞やニュースでも取り上げられた。



