サイエンス

2025.11.27 15:15

新鋭のスパコンでも「数週間で一部」だった物理学100年の難題、AIが数秒で解く

Wonderfulengineering.com

ニューメキシコ大学とロスアラモス国立研究所の科学者チームは、物理学者がかつて「不可能」と考えていたことを成し遂げた。AIを用いて、統計物理学における最も複雑な方程式の一部をわずか数秒で解くことに成功したのだ。この画期的な成果を支えているのは、THOR(Tensors for High-dimensional Object Representation:高次元物体表現のためのテンソル) と呼ばれる新しいAIフレームワークであり、極限状態下での物質の挙動を研究者がモデル化する手法を根本的に変える可能性を秘めている。

長年にわたり、物理学者たちは「構成積分」と呼ばれる統計物理学の中核方程式の解明に苦戦してきた。この方程式は、粒子間の相互作用や、圧力・温度・構造変化に応じた物質の振る舞いを記述するものである。これまで、分子動力学法やモンテカルロ近似といったシミュレーション手法が広く用いられてきたが、最先端のスーパーコンピュータをもってしても、限られた結果を得るまでに数週間もの計算時間を要していた。

このボトルネックは、もはや過去のものとなるかもしれない。THORのAIフレームワークは、テンソルネットワークアルゴリズムと機械学習ポテンシャルを融合させることで、これまで不可能とされてきた膨大な方程式群を、かつてない速度と精度で計算することを可能にしている。

「粒子間相互作用を捉える構成積分は、特に極限圧力や相転移を伴う材料科学の応用分野において、評価が極めて困難で時間を要することで知られています」と、ロスアラモス国立研究所の上級AI科学者であり、本プロジェクトの主任研究者であるボイアン・アレクサンドロフ(Boian Alexandrov)氏は説明する。「熱力学的挙動を正確に把握することは、統計力学の科学的理解を深めるだけでなく、冶金学などの重要分野にも応用されます」。

歴史的に、構成積分を直接解くことは「次元の呪い」のためほぼ不可能と考えられてきた。これは、変数を1つ追加するごとに計算の複雑さが指数関数的に増大する現象である。ニューメキシコ大学のディミテル・ペツェフ(Dimiter Petsev)教授は次のように述べている。

「従来、構成積分を直接解くことは不可能とされてきました。なぜなら、この積分はしばしば数千次元に及ぶため、古典的な積分手法では現代のコンピューターを用いても、計算にかかる時間は宇宙の年齢を超えてしまうからです」

しかし、THOR AIは、テンソル列交差補間法と呼ばれる数学的手法を用いることで、従来の制約に縛られず計算を行っている。この手法では、方程式の高次元データキューブを小さく連結されたテンソルに分解することで、従来は不可能とされてきた計算を管理可能な形に簡略化する。

さらに研究者らによれば、この手法のカスタム版は結晶対称性も自動で検出可能であり、THOR AIは精度を損なうことなく、構成積分をわずか数秒で計算できるという。

銅やスズなどの金属、さらにアルゴンのような希ガスを対象にテストしたところ、THOR AIはロスアラモス研究所の最先端シミュレーションと同等の結果を出しながら、計算速度は400倍以上に達した。スズにおける固体–固体相転移も正確に再現し、結晶性アルゴンの高圧シミュレーションでの予測とも完全に一致したという。

「この画期的な成果により、100年以上にわたり行われてきた構成積分のシミュレーションや近似手法は、第一原理計算へと置き換えられました」と、ロスアラモス研究所の科学者であり、Physical Review Materials誌に掲載された本研究の筆頭著者であるドゥック・チュオン(Duc Truong)氏は述べる。「THOR AIは、材料研究の発見をより迅速に進め、物質の理解を一層深める扉を開くものです」。

なお、THORプロジェクトはGitHub上で公開されている。



※本稿は英国のテクノロジー特化メディア「Wonderfulengineering.com」10月15日の記事からの翻訳転載である

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