今年のノーベル生理学・医学賞は大阪大特任教授の坂口志文博士の受賞が決まった。受賞理由は過剰な免疫反応を抑える新しい細胞「制御性T細胞」の発見である。
本記事では以下、アメリカ国立衛生研究所(NIH)主任研究員・小林久隆博士に、今回の坂口博士の受賞についてご寄稿をいただいた。
小林博士は、世界に先駆けて日本で初承認された「光免疫療法」の研究開発者として知られる。理論上「9割のがんに効く」とされる、がん細胞だけを狙い撃ちする「第5のがん治療法」ともいわれる療法だ。坂口博士は小林博士にとっては京都大学医学部医学科の先輩であり、「がんについてはまずは先生に任せた」と言われた経験も持つという。一般向けの著書には『がんを瞬時に破壊する光免疫療法 身体にやさしい新治療が医療を変える』 (光文社新書)、 監修書に『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』(芹澤健介著、新潮新書)がある。
坂口先生の研究が何よりノーベル賞にふさわしいと思えるところは、局所の免疫サーベイランス(監視)の仕組みに対して、具体的な登場人物(細胞)をはっきり同定されたことにあると思います。これによって、免疫の監視におけるそれぞれの細胞の役割が明確になったことで、異常を起こしたときに何を修正すれば良いかと言うことも、道筋が立ったわけです。
この制御性T細胞が少なくなって、免疫が過剰に反応したときには、全身で制御性T細胞を増やすことで、その異常(アレルギーなど)を安全に直すことができますが、逆にがんのように制御性T細胞が過剰になって、免疫が抑制されてしまったような異常をもし全身で制御性T細胞を減らすことによって直そうとすると、制御性T細胞の(免疫系をコントロールするという)重要な機能が失われることで、あちこちで自分の体に対する免疫監視が壊れて自己免疫と言う異常を起こしてしまいます。
ですので、がんにおいて制御性T細胞を標的にした免疫療法はある意味難しいところがあることは、理に叶うところでした。
坂口先生と最初に直接お会いしたのは、2003年初頭、ロッキー山脈の中で行われた免疫監視のカンファレンスでした。確か一緒にスキーもした覚えがあります。
坂口先生がその数年前には今回のノーベル賞受賞のきっかけとなる最初の論文のアクセプトに苦労されておられ、当時の私のボスで、この分野の偉大な研究者であった免疫学者のトマス・ワルドマン先生にご相談され、ワルドマン先生が論文の掲載にサポートされた経緯もあって、坂口先生が制御性T細胞と言うもののお仕事をされていることをお会いする前にも存じ上げてはおりました。
その後、2008〜17年の10年間、九州大学名誉教授の笹月健彦先生をリーダーとした京都大学現学長の湊長博先生らとのチームで、坂口先生が現在所属しておられる大阪大学の「IFR eC(免疫学フロンティア研究センター)」の海外審査員として、年に1回か2回、評価のためにお伺いしていました。そういうわけでこの期間は、定期的にお話しさせていただく機会があったのです。
ちょうど2009年に光免疫療法の手技が確立できていたので、2014年か15年の審査でお伺いした折に、コーヒーブレイクとお食事の時に坂口先生に、「局所で(がんの周囲のみで)制御性T細胞を抑えてやって、強力にがんに対する免疫を作ると言うアイディアはどうでしょう?」とお尋ねしたところ、「今までそういう方法論はなかったので非常に理にかなっていると思う。がんについてはまずは小林先生に任せた」と言っていただいたことがあり、自信を持ってこの治療法を開発していくことに集中できた記憶があります。
理論や治療の標的の存在に確信が持てなければ治療を開発することができないので、そういう意味でも、はっきりとした制御性T細胞と言う存在を発見されたことは、それ以前から間違いなくノーベル賞にふさわしい研究であろうと思っておりました。ですので、ふさわしい研究にノーベル賞が授与されたことを大変嬉しく思います。
小林久隆(こばやし・ひさたか)◎医学博士、アメリカ国立衛生研究所(NIH)主任研究員。光免疫療法の開発者として知られる。京都大学医学部卒。同大学医学部附属病院などで臨床経験を積んだ後、京都大学大学院修了(内科系核医学専攻)。2001年に2度目の渡米を果たして以後は米国国立衛生研究所(NIH)に所属、現在は「分子イメージングプログラム」終身主任研究員。2014年にNIH長官賞、17年にNCI(米国国立がん研究所)長官個人表彰を受けるなど受賞多数。2022年4月、NIHに籍を残したまま関西医科大学光免疫医学研究所長に就任。



