米国において、低所得者向け医療は利益率が低く、投資家から敬遠されがちな分野だ。この課題に、かつて政府高官として医療保険サイトの立て直しを主導したアンディ・スラヴィット(58)が挑んでいる。彼が率いるVC「Town Hall Ventures(タウンホール・ベンチャーズ)」は、低所得層や社会的弱者のための医療イノベーションに特化した投資を行ってきた。この戦略はトップクラスの運用成績を記録。クライナー・パーキンスの会長兼投資家ジョン・ドーアからの追加出資も受け、運用資産総額は14億ドル(約2156億円。1ドル=154円換算)に達した。
「社会貢献」の枠を超え、ビジネスとして医療格差の是正に挑む
かつて政府職員だったスラヴィットは、テクノロジーの力で医療格差を是正し、それを持続可能なビジネスにしたいと考えた。公的医療保険制度メディケア(高齢者・障害)とメディケイド(低所得者)の所管機関、米メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)の長官代理として医療保険サイト「Healthcare.gov」の立て直しを成功させた彼は、その目標を実現するため、2018年夏にTown Hall Venturesを設立した。
「私は少し意地になっている部分がある」と彼はフォーブスに語る。「ある事業が『インパクト投資だ』と思われると、世間は“いいことをしている人たち”という枠に入れてしまう。そしてそのビジネスは『社会貢献』を目的とする、超富裕層が設立したファミリーオフィスにしか相手にされない。私は、そのような枠の外に出たいとずっと思ってきた」。
純内部収益率(IRR)は33%を記録、10社が評価額約1540億円超え
創業7年のTown Hall Venturesは、35社に投資し、さらに7社を自ら立ち上げた。腎臓治療のStriveや、ヒスパニック系高齢者とその家族に特化したプライマリケアを提供するSuvidaなどが代表例だ。第1号ファンドは業界トップクラスの運用成績を記録し、2018年7月の設立から2024年6月末までの純内部収益率(IRR)は33%と、中央値の12%を大きく上回った。
同社の投資先の10社は評価額10億ドル(約1540億円)を突破している。その中には、評価額62億ドル(約9548億円)の低所得層を対象にした医療提供企業Cityblock Healthや、2023年にCVSが80億ドル(約1.2兆円)で買収した在宅医療リスク評価のSignifyHealth、そして2021年にOptum Healthが35億ドル(約5390億円)で買収した慢性疾患患者向け在宅医療のLandmark Healthが含まれる。
実績を追い風に、第4号ファンドで約678億円を調達
この実績を追い風に第4号ファンドで4億4000万ドル(約678億円)を調達したTown Hall Venturesの運用資産総額は、14億ドル(約2156億円)に達した。ニューヨークに拠点を置く同社は、スラヴィットとデービッド・ウィーラン、ミーラ・マニの3人がゼネラル・パートナーを務めている。同社の規模は、数百億ドル(数兆円規模)を運用するアンドリーセン・ホロウィッツやゼネラル・カタリスト、セコイアなどの大手VCには及ばないが、ヘルスケア分野では高く評価される存在だ。
クライナー・パーキンスの会長ジョン・ドーアは、Town Hall Venturesの創設時から個人で出資しており、今回を含むすべてのファンドに継続出資してきた。「私は、彼らが実現しようとしていたことを信じていた」と彼は語る。「これまでテック業界は医療業界に十分な価値をもたらしてこなかった。医療業界は顧客として扱いにくく、組織的にも保守的だ。しかし今、その状況が変わりつつあると感じている」。



