ユーザーの本人確認(KYC)なしというリスク
OpenSeaはかつて、誰でもNFTを簡単に購入できるようにしたことで大きく成長したが、今はその成功をすべてのトークン取引に広げようとしている。フィンザーが目指すのは、コインベースやロビンフッドのように直感的で使いやすい体験を提供しつつ、裏側ではUniswapなどの分散型取引所に集まる上級トレーダーの売買注文を集約する仕組みを構築することだ。
その一環として、フィンザーはユーザーの本人確認(KYC)を行わない方針を取っている。KYCは銀行や金融機関に義務づけられている手続きで、マネーロンダリングや制裁対象国からの資金移動を防ぐための重要な仕組みだ。だが、マイアミに本社を移したOpenSeaは、米国法上「資金移動業者(マネートランスミッター)」には該当せず、顧客資産を預からないため、KYCを実施する法的義務はないという。
その代わりに同社は、ブロックチェーン分析企業TRM Labsのシステムを用い、デジタルウォレットを制裁対象アドレスのリストと照合し、不審な取引を検知した場合はマネーロンダリングの疑いがあるとして自動的にフラグを立てている。
しかし、この「緩やかなコンプライアンス」方針には、将来的なリスクが潜んでいる。マネーロンダリングや制裁対象国からの送金を見逃すおそれがあるだけでなく、今後の米政権がOpenSeaに対して規制措置を講じる可能性があるためだ。
フィンザーは、OpenSeaがコンプライアンスを軽視しているとの見方を否定し、自社は「ブロックチェーン上に構築された大多数のアプリ」よりもコンプライアンスに力を入れていると述べる。本人確認(KYC)については、「KYCは我々が意図的に避けている『選択肢』ではない。我々のような資産を預からない(非中央集権的な)仕組みとは、根本的に両立しないのだ」と語っている。
ただ、こうした規制リスクはすでに過去に表面化しており、バイデン政権下では、米証券取引委員会(SEC)がOpenSeaと分散型取引所Uniswapを対象に、無登録の証券取引所を運営していた疑いで調査を開始した。両社はこの法令違反を否定し、トランプ政権が今年2月に、これらの調査を打ち切った。
アートと純粋な金融投機の共存を目指す
OpenSeaが掲げる「すべてを取引できるプラットフォーム」という新たな戦略は、アートと純粋な金融投機という、本来は相いれない2つの世界の間に橋を架けようとする試みでもある。CEOのフィンザーは「魂のない金融アプリにはしたくない」と語るが、同社サイトの「トークン」セクションを開くと、ギャンブル色の濃い金融アプリのようにも見える。
フィンザーは、アートを中心としたNFT市場も、ミームコインも、その他すべての暗号資産トークンも「OpenSeaというひとつの場所で調和的に共存できる」と考えている。彼によれば、同社はまだ「目指すビジョンのほんの一部」にしか到達しておらず、すべてのトークンを取引できる場としての構想は道半ばだという。今後、OpenSeaが設立した独立財団がOpenSeaトークンを発行予定だが、フィンザーはその詳細について明らかにしていない。
課題は、無数の競合がひしめく厳しい現実
同社は規制リスク以外にも、厳しい競争環境に直面している。暗号資産取引の参入障壁は低く、世界にはすでに数百の取引所が存在するからだ。
「最終的には、信頼され、ユーザーが望む形で機能するブランドを築き、質の高いプロダクト体験を一貫して提供できるかどうかが最大の、競合を退けるための最大の“堀”になることが分かった」とフィンザーは語る。しかし、これまでの暗号資産の歴史や彼自身が率いてきたスタートアップの8年の歩みを見ると、その言葉とは異なる現実が浮かび上がる。


