・エンゲージメントの変化
ファンのスポーツ視聴体験は、画一的な放送から、個々に最適化された「パーソナル・ディレクション」へと移行する。オリンピック放送サービスのCTO、ソティリス・サラモウリス氏は、これを「Spotifyのような体験」と表現する。つまり、ファン体験は「ESPN」から「Spotify」へと移行しつつあるというのだ。ファンはAIアシスタントと対話し、好きなカメラアングルを選び、特定の選手だけのハイライトを要求し、好みのコメンテーターによる解説を楽しむことができるようになる。BBCが試験的に開始した、特定のクラブのニュースを合成音声で配信する「My Club Daily」は、その第一歩だ。
さらに、ファンは単なる消費者から「共創者」へと進化する。自転車競技のUAEチームエミレーツがG42と共同で実施した「Helmetverse」キャンペーンでは、ファンがAIを使って自転車ヘルメットのデザインを考案し、実際に選手が着用するモデルを選んだ。Pumaも同様に、ファンがマンチェスター・シティの未来のキットをデザインできるAIツールを、すでに提供している。スタジアムでの体験も、米ラスベガスの「スフィア」に代表されるように、より没入的で感情に訴えかけるものになる。将来的には、観客の生体データをリアルタイムで解析し、会場の照明や音響、さらには香りを試合の展開と連動させる「感じるスタジアム」が実現するかもしれない。こうしたスタジアム構想は、NTTドコモにおいて東京五輪におけるパブリック・ビューイングでの実現を模索したのではあるが、AIの本格登場前だけに時期尚早だったのだろうか。
・スポーツ科学のさらなる進化
AIはアスリートの身体をミクロのレベルで理解し、パフォーマンスを最大化する。トレーニングそのものだけでなく「休息と回復」にも焦点が当てられている。ウェアラブル・デバイスから得られる生体データに基づき、AIが疲労を検知、ケガのリスクを予測する。コーチは「なぜか左の太ももに張りがある」と選手が自覚する前に、的確なケアを提案できる。興味深いのは、「チームヘルス」という新しい視点。エリートアスリートは、ともすれば個人の成績を優先しがちだ。


