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2025.10.15 12:00

LGBTQ向けアプリ「Grindr」買収・上場でいかに1500億円の資産を築いたか? その内幕

2022年11月の上場時、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の外壁に自社バナーを掲出した。(Photo by Spencer Platt/Getty Images)

SPAC合併で上場、株価急騰でビリオネアの仲間入り

その2年後、Grindrはゼージの特別買収目的会社(SPAC)であるティガ・アクイジションと、取引額21億ドル(約3192億円)の合併を行い、ニューヨーク証券取引所に上場した。2022年11月の上場時、同社株は初値から200%以上急騰し、ゼージは43%の持ち株(担保に入れた分を差し引いた後の比率)によってビリオネアの仲間入りを果たした。株価はその後、上場時の半分以下に下落したものの、シンガポールの長者番付トップ50に名を連ねるゼージの保有資産15億ドル(約2280億円)の大半をこの株が占めている。ゼージは現在、Grindrの50%を保有し、ルーが14%、ギアロンが6%を保有している。

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借入金を活用してリターンを最大化する、「レバレッジド・バイアウト(LBO)」の帝王

このアプリの買収を成功に導いたのは、単なるタイミングの良さだけではなかった。ゼージこそが、この取引に最もふさわしい人物だった。ゴールドマン・サックスの元投資銀行家である彼は、米国のヘッジファンドのファラロン・キャピタル・マネジメントに18年間在籍し、シンガポールを拠点に同社のアジア部門を統括した後の2017年に、自身でティガ・インベストメンツを設立した。借り入れを活用した企業買収を指す「レバレッジド・バイアウト(LBO)」の帝王として知られたこのディールメーカーは、今や自らの資金で長期的かつ実践的な投資に挑み、かつてのように貸し手としてではなく、自らがリスクを負う当事者として企業再建に取り組んでいる。

「私はティガ・インベストメンツを立ち上げて以来、クレジット(信用取引や借入による資金調達)を活用して多くの価値を生み出してきたが、そのクレジットを実際に使ってきたのは私自身だ」と、自らを「ディール中毒者」と称するゼージは、同社が出資する高級レンタルオフィスの運営会社「エグゼクティブ・センター(TEC)」のプレミアムなカンファレンスルームで語った。ゼージが、自身の「次の富を築くための原動力」とみなすTECは最近、インド子会社の上場に向けての予備目論見書を同国の証券当局に提出した。

彼はまた次の「金脈」も視野に入れている。過去8年間でゼージは、ティガの多様な投資ポートフォリオを静かに拡大しておりその対象は、ドローン追跡会社やスマートフォンの技術企業、ファンタジースポーツ・プラットフォームなど多岐にわたる。しかし、最大の勝負であり、最も大きなリターンをもたらしたのは間違いなくGrindrだと彼は語る。ティガが保有する投資ポートフォリオ全体の評価額は15億ドルから25億ドル(約2280億〜3800億円)程度で、その大半はこのアプリの株価に左右されるという。

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「Grindrへの投資は、私が過去20年間で学んできたすべてを1つの取引に集約して実行するチャンスだった」とゼージは振り返る。米国出身で現在はシンガポール国籍を持つ彼によれば、取引を成立させる決め手となったのは、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)からの承認を得られるという確信のもと、中国の昆侖科技に1000万ドル(約15億2000万円)の保証金を前払いしたことだったという。

しかしその後、新型コロナウイルスのパンデミックが融資交渉を直撃し、ゼージによれば、1社を除くすべての金融機関との交渉が頓挫したという。中国のビリオネア、Zhou Yahuiが設立した昆侖科技は、唯一残った貸し手が提示した高利融資では賄いきれなかった資金ギャップを埋めるため、2億5500万ドル(約388億円)の支払い延期プランを提示した。ゼージとルーは、買収を成立させるために、サンビセンテ・アクイジションの株式を担保として差し入れた。

AI活用で事業は好調、競合を上回る成長性で市場をリード

上場後、Grindrの取締役会はルーを議長に迎えて大幅に刷新され、同社が株式公開する1カ月前にCEOに就任したジョージ・アリソンのもとで経営陣も再編された。統計サイトStatistaの試算で、2025年の収益規模が83億ドル(約1.3兆円)とされる世界のマッチングアプリの市場で同アプリは、事業領域を拡大している。「このアプリは実質的にソーシャルアプリであり、成長余地はまだ大きい」と、Grindrの取締役を務めるゼージは述べている。

今後の成長に向けてGrindrは、人工知能(AI)を積極的に活用しつつ、最近では「あなたのポケットの中の世界的ゲイコミュニティ」というコンセプトを掲げている。ユーザーが自分の地域以外でもつながりを築ける「Roam」とよばれる追加の機能をアプリ内課金で提供するほか、広告の非表示やチャットの翻訳、メッセージの取り消し機能などをプレミアム版で提供している。

Grindrの昨年の収益は、前年比約30%増の3億4500万ドル(約524億円)に拡大したが、これは世界の月間アクティブユーザー数が1400万人を突破したことを背景としている。調整後EBITDAも同じく約30%増の1億4700万ドル(約223億円)となったが、公募・私募ワラント(新株予約権)の公正価値の変動による非現金損失が発生し、純損失は1億3100万ドル(約199億円)に拡大した。同社は今年2月、すべての公募・私募ワラントの償還を完了している。

「Grindrの見通しは非常に良好だ」と語る43歳のルーは、同社の今年6月期に終了した四半期のEBITDAマージンが43%で、前年同期比で2桁成長を維持している点を強調した。これは、競合のマッチングアプリであるバンブルの同期間におけるEBITDAマージンが38%、売上高が8%減、そしてティンダーを擁するMatch Groupの調整後営業利益率が34%・売上高が横ばいという数字と比べても、良好な水準だ。

投資銀行TDカウエンの株式調査上級アナリスト、ジョン・ブラックレッジは8月のリポートで、今後5年間のGrindrの売上高が、製品ラインアップや広告パートナーシップの拡大に伴う成長が見込まれることから年率19%のペースで増加すると予測した。また彼は、前年に全売上の4割超を占めた海外市場で、アプリのローカライズ版が持つ潜在力にも言及した。

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翻訳=上田裕資

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