サイエンス

2025.10.14 09:00

2025年ノーベル賞、米国人6人受賞も半数は移民──科学は世界を平等にする偉大な力

2025年10月8日、スウェーデン・ストックホルムにて行われた2025年ノーベル化学賞の発表。受賞者は(左から)京都大学の北川進、豪メルボルン大学のリチャード・ロブソン、米カリフォルニア大学バークレー校のオマー・M・ヤギー(Atila Altuntas /Anadolu via Getty Images)

難民家庭出身、10代で単身渡米 オマー・ヤギーの驚くべき半生

ヨルダン出身の移民でカリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとるオマー・M・ヤギーは、京都大学の北川進、豪メルボルン大学のリチャード・ロブソンと共に2025年ノーベル化学賞を受賞した。スウェーデン王立科学アカデミーは「気体などの化学物質の出し入れが可能な大きな空間を持つ分子構造を創造した」と評価。「これらの構造、すなわち金属有機構造体(MOF)は、砂漠の空気から水を集めたり、二酸化炭素を捕集したり、有毒ガスを貯蔵したり、化学反応を触媒したりするのに利用できる」と功績をたたえた。

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ヤギーはヨルダンで貧しい難民家庭に生まれた。カリフォルニア大学バークレー校によれば「15歳の時、父親から『米国で学べ』と言われ、高校在学中にビザを取得。ニューヨーク州トロイに単身移住し、大学進学を目指した」という。「英語があまりできなかったため、トロイのコミュニティーカレッジで英語、数学、科学を履修し、1983年にニューヨーク州立大学オールバニ校へ編入した」

「化学には最初から夢中だった」とヤギーは当時を振り返る。「オールバニに移ってすぐに研究に取り組んだ。3人の教授の下でそれぞれ異なるプロジェクトを同時並行して進めていた。物理有機化学と生物物理学と理論研究だ。研究室がとても好きだった。講義は嫌いだったが、研究室は大好きだった」

生計は「食料品の袋詰めや床のモップがけ」で立てた。1985年に化学の学士号を取得し、その後イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で博士号を取得した。アリゾナ州立大学、ミシガン大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で教職に就いた後、化学研究で世界をリードするカリフォルニア大学バークレー校の化学部教授となり、2013年にはローレンス・バークレー国立研究所の分子ファウンドリー事業所長に就任した。

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ヤギーの半生には、2021年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞したレバノン出身の米国移民アーデム・パタプティアンとの類似点がいくつかある。パタプティアンはレバノン内戦中に「武装勢力に捕まり拘束された」後、18歳でロサンゼルスへ移住した。「基礎研究に夢中になってキャリアの軌道が変わった」とニューヨーク・タイムズに語り、米国移住によっていかに個人の視野が広がり、潜在能力を発揮できるようになるかを物語るエピソードとして「レバノンにいた頃は、科学者という職業があることすら知らなかった」と明かしている。

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翻訳・編集=荻原藤緒

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