期限に間に合わないよりも、期限を守る方がコストがかかるというのは常識に反するように聞こえるかもしれないが、期限を絶対視することには危険が潜んでいるというのが現実だ。十分に精査せずに時間通りに終わらせることは、機会費用(ある行動を取った時、別の行動を取らなかったことで逸する利益)が伴う。
リーダーが何があってもプロジェクトを推し進めようとする場合、好奇心を封じ、人々が懸念を口にするのを抑制し、災難を防ぐことになり得る方法でペースを落とすチャンスを逃すことが多い。好奇心が評価される文化を築くことよりも期限を重視するとどうなるかについては数え切れないほどの例がある。航空会社から石油採掘施設、銀行まで、安全性やパフォーマンスよりもスピードを優先する文化では、沈黙の代償が遅れによる代償よりもはるかに大きくなるかもしれない。
期限重視で起こった墜落事故
小型機市場でのエアバスとの競争はボーイングに計り知れないプレッシャーを生み出した。ボーイングの737MAXは受注を失うことを避けるために迅速に認証された。エンジニアたちは飛行システムが危険な問題を引き起こす可能性があると警告したが、スケジュールに疑問を呈することを良しとしない社風にあって、そうした懸念は市場投入を止めることはなかった。
その結果は壊滅的だった。墜落事故が2件発生し、何百人もの命が失われ、ほぼ2年間にわたって737MAXは世界中で運航が停止された。ボーイングの評判が地に落ちただけでなく、和解、再設計、失注で200億ドル(約3兆円。1ドル=152円換算)以上が消えた。機会損失は莫大なものだった。前もって懸念に対処するために一旦開発を止めていれば、納入は遅れただろうが、数十億ドル(数千億円)節約し、信用を守ることができていただろう。探求心を歓迎する文化がすべてを変えていたかもしれない。
安全を無視した末の原油流出事故
石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」の原油流出事故は環境に深刻な影響を及ぼした大惨事として語られることが多いが、その核心はプロジェクト管理の失敗でもあった。掘削の工期はすでに予定より遅れており、1日増えるごとに数百万ドル(数億円)のコストがかかっていた。セメント注入プロセスや圧力テストに警告の兆候があったにもかかわらず、幹部らは掘削を進めることを決めた。プラットフォームにいた作業員らは懸念を示したが、それよりもスピードの方が重要だった。この爆発事故は史上最悪の原油流出事故となり、石油大手BPは600億ドル(約9.1兆円)以上の損失を被った。もし同社が工期よりも安全を重視していれば、失われた金は数十年にわたる探査と技術革新の資金になったかもしれない。もし従業員が臆することなくスピードを落とし、問題の解決にこだわっていれば、BPは大惨事も経済損失も回避できていたはずだ。



