サンパウロ・ビエンナーレの会場は市民が集うイビラプエラ公園の中にある。入場は無料だ。1日券が30ユーロ(約5300円)のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展とは異なり、幅広く市民により開かれており、手話通訳やオーディオガイドも準備されていた。
今回、学校の夏休みの時期を考慮して、例年より約1カ月長い会期を設定したことがアピールされた。運営予算などを考えると容易ではないであろうその決断に、地域に対する強いコミットメントが窺える。
前編では、第36回サンパウロ・ビエンナーレのテーマと参加作品を紹介し、不透明性の時代を生き抜く手がかりとしての現代アートの役割を再考した。後編の本記事では、サンパウロでの事例を通じて、アートが持つ公共性の意義や社会インフラとして芸術文化の重要性について論じる。
公共性の意義:「そこに身を置くこと」
インタビューに応じたキュレーターのチアゴ・ドゥ・パウラ・ソウザは、ビエンナーレの展示設計について「日常的に現代アートに触れていない人でも歓迎されていると感じられる空間を目指した」と語る。会場には立体的な作品が多く、音楽、リズム、映像、パフォーマンス、インタラクティブな体験などが随所に取り入れられた。映像作品の鑑賞室には、ビーズクッションやラウンジチェアが配置され、居心地がよい。こうした要素は、鑑賞者と作品の距離を縮めるという役割を果たし、直感を引き出すことで「理解」を超えた共感の回路を生み出す。
企画チームのボナベンチュラ・ソー・べジェン・ンディクンやソウザは、これまでも音楽やリズムといった要素をキュレーションの核に据えてきた。「テーマが複雑で多層的だからこそ、音楽や詩という表現が人の魂に触れることができる」とソウザ。開幕週に開催されたパフォーマンスには、キュレーター・チームのメンバーが積極的も参加。来場者とともに対話し、踊るといった場面も見られた。
日常とアートがシームレスにつながるような作品も随所で見られた。
来場者が入場してまず目にするのは、ナイジェリア系アメリカ人アーティスト、プレシャス・オコヨモン(Precious Okoyomon)が手がけた庭園のような作品。外の公園と会場との境界を曖昧にするような空間を自由に歩き回ることで、来場者はアート作品と一体化する。そこでは水蒸気があがり、光が虹のように反射し、オコヨモンがイビラプエラ公園で録音したサウンドスケープが響き渡る。
この作品は、今回のビエンナーレ全体に影響を与えたカリブ海出身の作家エドゥアール・グリッサン(Édouard Glissant)の思想とも響き合う。彼が提唱した「モンディアリテ(mondialité)」とは、均質化を進める覇権的な「グローバリゼーション」とは対照的に、文化的多様性や異なる人々の関係性を重視する世界観。オコヨモンの作品は、共生や交わりといったビエンナーレの根幹テーマを象徴し、鑑賞者に強い印象を残す。



