アート

2025.10.19 14:15

あたりまえに存在するアートとは ブラジルの視点から考える

イザ・ゲンツケン(Isa Genzken)の作品。周囲は大衆的なクラフト紙を白く塗りホワイトキューブのような空間を演出したマクスウェル・アレシャンドレ(Maxwell Alexandre)の作品。Installation view of the 36th Bienal de São Paulo – Not All Travellers Walk Roads – Of Humanity as Practice (c) Levi Fanan/Fundação Bienal de São Paulo

モロッコ人アーティスト、レイラ・イバ(Laila Hida)の空間も、体験を通じてエンパシーを醸成する。天井に布を吊り下げ、その下には抱き枕のようなクッションを配置することで、砂漠の中のテントのような空間を設置。そこに記憶を辿る16ミリフィルム映像作品を展開した。作品解説には「作品を理解することよりも、そこに身を置くことを求める」とある。

advertisement
レイラ・イバは、アーカイブ要素としての映像や写真を、ナラティブの構築に取り入れる。
レイラ・イバは、アーカイブ要素としての映像や写真を、ナラティブの構築に取り入れる。

また、シャロン・ヘイズ(Sharon Hayes)は、個人やグループへのインタビューを通じて、台本のない率直な対話を記録し、人間関係やアイデンティティを形づくる、語られざる真実の断片をあらわにする。ビエンナーレではヘイズの映像作品の鑑賞スペースが随所に設けられ、「公共の対話」の価値が強調された。

シャロン・ヘイズの作品。
シャロン・ヘイズの作品。

ただ眺め、ただ聴き、ただそこに身を置くといったシンプルな行為としてのアート体験。それは社会の多様性を頭で理解するのではなく、ごく自然に受け入れることへとつながっていく。公共性を持つアートには、社会全体の包容力を広げ、高めていく力があるのではないだろうか。

社会インフラとしての芸術文化

ブラジルには、芸術文化を社会の中心に据え、市民のためのサービスとして展開する「SESC(セスキ)」という仕組みがある。1946年に設立されたブラジル商業連盟社会サービス(Serviço Social do Comércio)の略称で、商業・サービス業界からの社会保険融資納付金を財源とし、全国規模で運営されている総合文化センター群を指す。

advertisement

サンパウロ州だけでも40拠点以上があり、ジムやプールなどのスポーツ施設、劇場、カフェテリアから歯科まで充実した設備を備え、市民は無料あるいは格安で利用できる。さらにテレビ放送や雑誌といったメディア事業まで展開する。

リナ・ボ・バルディがデザインし、旧工場敷地内に新たに建設されたスポーツ施設。ユニークな形状の窓は市民のデッサンをもとにしたもの。
リナ・ボ・バルディがデザインし、旧工場敷地内に新たに建設されたスポーツ施設。ユニークな形状の窓は市民のデッサンをもとにしたもの。

筆者は今回、サンパウロを代表するSESCの一つである「SESC ポンペイア」を訪問した。ここは、ブラジルで活躍したイタリア出身の建築家リナ・ボ・バルディ(Lina Bo Bardi)が設計し、工場跡地を改築・増築してできた施設だ。

館内には大型スポーツ施設やアリーナ形式の劇場、ギャラリー、陶芸や手芸などの「ものづくり」を学ぶことができるアトリエ、カフェテリア兼ライブ会場、ライブラリーやブックストアまで備わり、一度に5000人を収容できる規模を誇る。

SESC館内にはアート作品やリナ・ボ・バルディがデザインした家具が並ぶ。

SESC館内にはアート作品やリナ・ボ・バルディがデザインした家具が並ぶ。


バルディの建築デザインとパブリックアートが融合した空間は、一見、ジェントリフィケーションされた地域の商業施設だが、実際には誰もが自由に出入りできる公共の場だ。ポンペイア地区自体、観光地でも裕福な地域でもない。しかし、この施設には世界的なアーティストが集い、地域コミュニティと結びつきを育んできた。

次ページ > 社会の「普通」を問い続けるアート

文=MAKI NAKATA

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事