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「ここまで地元に溶け込んでいる画家さんもなかなかいないんじゃないかしら」と、田代商店の田代美奈子さんは語る。田代商店は関門海峡のすぐそばにあり、お昼どきには弁当を求める地元の人で賑わう地域密着型のお店だ。田代さんと黒田の付き合いは、ふらりと来店した黒田が、飾っていたいわさきちひろ※2の絵を見て「いい絵ですね、僕の絵も横に置いてください」と話をしたことから始まったという。以来黒田は店を訪れる度に、自ら絵を貼ったり、ときには壁に直接絵を描いてくようになったという※3。
「この店はね、いつか建物は壊さないといけないの。それでも黒田さんはOKって言うのよ。消えるものは消えるということで。黒田さんはね、誰に言われるわけでもなく、ただそこに白い壁があるから絵を描くのよ」
“そこに山があるから”と言ったのはかつての登山家だったか。
田代さんに、(初日に訪れたという)展覧会はいかがでしたか?と尋ねると「美術館に並べられた大きな絵を見ると、正直印象が変わったわ。やっぱりすごい人だったのね」
田代商店の並びには、今回の展覧会オリジナルのクッキー缶を手掛けたパティスリーBion、さらに先にはたいむ亭というトンカツ屋さんがある。店には、高倉健(福岡県出身)のポスターやサインとともに黒田の色紙も飾ってあった。「サインをくださいと黒田さんにお願いしたら、後日色紙に絵を描いて来店してくださったんです」と手際よくサクサク調理をこなしながら、ご主人は教えてくれた。
門司港随一の大箱居酒屋一番太鼓のトイレの壁にも黒田は絵を描いている。「先生ね、先日もいらしたんだけど、今回の展覧会、私すっかりリバーウォーク※4でやるものだと思って話をしていたから、思い返すと恥ずかしかったわ」と笑いながら女将が話してくれた。「今度休みの日に展覧会に行ってみようと思ってて」。
今回の展覧会が始まる数カ月前のある晩、門司のカフェ「Cafuné」の壁に黒田は絵を描いていた。
「もともとcoyote※5などで黒田さんの絵は知っていたんです。自分が好きな感じの絵だなと記憶に残っていて。それで今回よい機会をいただいて、壁に絵を描いてもらうことになったんです」とマスターのケンジさんは語る。「普段調理しているときは背になっているからあんまり意識しないんですけど、買い出しから帰ってきたりすると”ああ絵があるなぁ”としみじみ思いますね」「これでますます店を潰すわけにはいかなくなりました笑」


