個々の顧客に最適化された体験、AIが実現する理想のコミュニケーションとは
Brazeの最高マーケティング責任者(CMO)アスタ・マリクは、それによって「ブランドが何をどのように送るべきか、より賢く判断できるようになる」と語る。結果的に、メッセージの量やスパム的な配信が減る可能性もあるという。また、彼女は「消費者が求めるものは、企業ごとに異なる」とも述べている。
たとえば、欲しかった化粧品が在庫切れだった場合──それが再入荷したら、SMSやプッシュ通知で即座に知らせてほしい。だが、なんとなく眺めていただけの家具類については、リアルタイムでメッセージを送ってほしくはない。そうした場合は、メールで十分だ。
一見すると、これはすべての人にとって理想的な仕組みだ。消費者は欲しい情報を受け取り、ブランドは売上を伸ばし、双方が満足する──そんな世界だ。
便利な体験の裏には個人データ提供という対価
もちろん、その“代償”は、あなたが好んで利用するブランドに自分の個人情報を差し出すことだ。連絡先の情報、嗜好の情報、そして言うまでもなくブランドのウェブサイトやアプリを使う中で明らかになる、あなたが「どんな人間で、何を好むか」というデータのすべてを差し出すことになる。
ただし、こうした“取引”を歓迎しない人もいる。EasyJetのマーケター、ドゥウィーティ・ファンショーもその1人だ。「私たちは仕事柄、彼らがどうやってその情報を知るのかを分析してしまう。自分のデータを渡さないようにすべきもしれないと考えてしまう」と彼女は語った。
一方で、この「個人のデータと引き換えの便利さ」にまったく懸念を示さない人たちもいる。ヘルスケア企業Pacify Healthのマロリー・ゴードンは、自分が好きで信頼しているブランドには、顧客のニーズを理解し、先回りして察してほしいと語った。彼女は「タイミングが的確で、自分に関係のあるメッセージ」を好み、顧客を本当に理解していると感じさせる企業に強い関心を持つと述べている。
「店舗で20%の割引が受けられるとか、欲しくもない商品の宣伝などの一般的なメッセージよりも、そうした共感のあるコミュニケーションの方がずっと響く。それは他の多くの人にとっても同じだと思う」と彼女は話した。
大きな力には責任が伴う、「ガードレール」なくして信頼は得られない
Brazeのプロダクト部門リーダー、ケビン・ワンは、ブランドがこの新たな力を使う際に「厳格なガードレールを設け、慎重に運用することが何より重要だ」と指摘する。メッセージを送るたびにコストが発生し、やり方を誤れば、プライバシー侵害のように受け取られかねないという。
「顧客と関連性のないメッセージを送るのは、ブランドにとって有害だ。タイミングの悪いプッシュ通知を何度も受け取った顧客は、『この会社は頭が悪いのか?』と思ってしまう。そんなブランドとは関わりたくなくなる」とワンは語った。
つまり──大きな力には、大きな責任が伴うことになる。それはもちろん、さまざまな角度から真実だと言えるものだ。
マーケティングとは本来、「人を説得する技術」であり、マーケターたちは常に感情に訴える数々のテクニックを駆使してきた。たとえば、「残りわずか3点」といった希少性の演出や、「医師の95%が推奨」といった権威の活用、「数百万個を販売」といった社会的証明は、いずれも人の心を巧みに刺激する手法だ。


