長年の量子論の謎が、超流動ヘリウムのおかげでついに実験的に再現できるかもしれない。摩擦のない液体ヘリウムの薄膜を用いることで、シュウィンガーの有名な理論が要求する不可能な条件を置き換え、渦のペアが自発的に出現する様子を観察できる可能性があるのだ。
シュウィンガー効果は理論上の存在
1951年、ノーベル賞を受賞した物理学者ジュリアン・シュウィンガーは、非常に強い電場が「無」から物質を引き出し、真空中に電子と陽電子の対を量子トンネル効果によって生じさせることができると提案した。「シュウィンガー効果」として知られるこのアイデアは世代を超えて科学者を魅了してきた。
しかし問題があった。そのために必要な電場は想像を絶するほど強力で、現在の実験技術では到底実現できないものだったのだ。このためシュウィンガー効果は理論上の存在にとどまってきた。
ところが今回、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の物理学者フィリップ・スタンプと同僚のマイケル・デロシェールが、巧妙なアナログ実験の方法を提案した。真空に強力な電場をかける代わりに、彼らは極薄の超流動ヘリウム4の膜を用いることを考えたのである。数原子層の厚さしかないヘリウム4は、冷却することで摩擦なく流れる状態になり、事実上独自の「真空」を作り出すことができる。

「超流動ヘリウム4は驚異的な存在だ」とスタンプは説明する。「わずか数原子層の厚さであれば、非常に簡単に冷却でき、さらに摩擦のない真空状態を実現できるのです。この摩擦のない真空を流すと、電子・陽電子の対の代わりに、互いに逆方向に回転する渦と反対の渦のペアが自発的に現れるのです」
研究者たちは、このシステムが、宇宙論や素粒子物理の領域に属するプロセスを実験的に再現できる場になるという。
スタンプはこう語った。「ヘリウム4の膜は、宇宙のさまざまな現象に良いアナロジーを提供してくれると思います。深宇宙の真空、量子ブラックホール、さらには宇宙の始まりそのものまで。これらは実験では、直接には近づくことのできない現象ですから」
こうした宇宙との類似性が魅力的である一方で、スタンプはヘリウムシステム自体の価値も強調している。単なるアナログとしての役割を超えて、この超流動モデルは渦のふるまいに関する古い前提を揺さぶるのだ。
従来の研究では、渦の質量は固定されたものとして扱われてきた。だがスタンプとデロシェールは、渦が動くにつれてその質量が劇的に変化しうることを示し、量子の「渦のうずまき」が相互作用するルールを塗り替えたのである。
マイケル・デロシェールはこの発見の重要性を強調した。「質量がなぜ変化するのか、どのように変化するのかを理解することはとてもワクワクします。そして、それが量子トンネル効果の理解にどう影響するかも。量子トンネル効果は物理学だけでなく、化学や生物学にも広く存在する現象なのです」
この成果は再びシュウィンガーの元々のアイデアに戻る。スタンプは、質量の変動性はヘリウム中の渦にだけ当てはまるのではなく、本物のシュウィンガー効果における電子・陽電子のペアにも適用されるはずだと主張する。つまり、このアナログは単に宇宙的なプロセスを模倣するだけでなく、理論そのものを洗練させる可能性があるのだ。スタンプの言葉を借りれば、それは一種の「アナログの逆襲」といえる。
この研究は9月2日付でPNAS誌に掲載され、カナダ自然科学・工学研究会議(NSERC)の支援を受けている。
※本稿は英国のテクノロジー特化メディア「Wonderfulengineering.com」9月16日の記事からの翻訳転載である



