ドン ペリニヨンから村上隆へのオファーにより、実現したニューボトル。過去、現在、未来を見据えた「スーパーフラット」の理論を用いた、見事な作品は心に残り続ける。
1668年にドン・ピエール・ペリニヨンがオーヴィレール修道院でセラーマスターに任命された歴史を持つドン ペリニヨン。その名門メゾンの至高の一本はシャンパーニュという飲み物を超えて、長く芸術家たちのインスピレーションの源であり続けた。
実際に、アンディ・ウォーホル、ジャン・ミシェル・バスキア、カール・ラガーフェルド、ジェフ・クーンズ、デヴィッド・リンチ、レニー・クラヴィッツなど、多くのアーティストとメゾンはコラボレーションしてきた。
そして、この2025年5月に「創造は永遠の旅」と題して、7人のクリエイター(ゾーイ・クラヴィッツ、クレア・スミス、ティルダ・スウィントン、アレクサンダー・エクマン、村上隆、アンダーソン・パーク、イギー・ポップ)とともに、時空を超えて過去、現在、未来の間に新たな共鳴を生み出す、新章の幕が切って落とされた。
村上隆が立ち向かう、ドン ペリニヨンからの挑戦
そのひとつが、村上隆(以下、村上)が手がけたドン ペリニヨン ヴィンテージ 2015とドン ペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 2010のボトルだ。シールドに描かれてきたブドウ畑の意匠を、村上の作品世界を象徴するアイコンである「お花」のモチーフで取り囲んだデザインは、見る者の心を一瞬にしてとらえて離さない。果たしてどのような思いで制作に取り組み完成させたのか、村上に話を聞いた。
「最初にオファーをいただいたときには、私なんかで大丈夫ですか?という驚きがありました。これまで数々のコラボレーションを手がけてきましたが、ドン ペリニヨンは時間を相手にしているブランドで、8年、10年、時には20年かけて、ようやく世に出る商品です。私自身も自分の作品が『死後どう残るのか』ということを常に考えて制作しているので、そこに強い共鳴を感じました」と、時間という軸に強く引かれたことを話してくれた。
こうした経緯で、この壮大なプロジェクトは始まった。村上の象徴である「お花」をモチーフに用いたのは、ドン ペリニヨンからのたっての希望だったという。それだけ、村上の世界観を大切にしたいという思いがドン ペリニヨン側にもあったのだろう。
実際の制作にあたって、村上は独自の理論であるスーパーフラットを存分に生かして取り組んだ。スーパーフラットは、伝統的な日本美術の考え方(平面性、最小限の線、飽和と余白の均衡など)を現代文化のレンズを通して再構築したものだ。
「スーパーフラットは、一見フラットに見えるけれど、背後に歴史や文化の層が折り畳まれているのです。ドン ペリニヨンも同じで、透明でシンプルに見えても、その奥には気候や畑の記憶、時間の積層が潜んでいる。だから『表層と深層の同居』という点で、私の理論と彼らの哲学は自然に重なったんだと思います」

このように、村上とドン ペリニヨン醸造最高責任者ヴァンサン・シャプロンは、いずれも「歴史的な技の継承」と「絶え間ない革新の追求」という、一見相反するように見える現象が交差する場所に、自らの創造的実践を見いだしている。
ドン ペリニヨンの創造プロセスも、スーパーフラットと同じように、歴史的熟達のうえに、ブドウの要素を研ぎ澄まし、ヴィンテージなどの本質の調和や緩急を追求し続けることで創り出しているのである。
伝統と革新がぶつかりあって生み出される新しい世界観
「伝統とは博物館に飾っておくべきものではなく、常に更新されていくべきものです。ドン ペリニヨンは数百年の伝統をもちながらも、その年ごとの挑戦を続けている。それは、私が漫画やアニメを現代美術に落としこんできたこととすごく近いと思います。つまり、伝統を壊すのではなく、未来に投影していくこと。それが革新なんだと思います」

ドン ペリニヨンとの対話は、まさにその哲学を体現する試みであった。また、ヴァンサン・シャプロンとの話で印象に残ったことがあるという。「最高のワインとは、一緒に飲んだ人を思い出させるものだ」という言葉だ。
「私も作品についてまったく同じことを考えているので、すごく共感しました。作品も『記憶にどう残るか』がすべてだと思っていますから」
それと同時に、作品を作るうえでいちばん大切にしているのは“誠実さ”だという。
「結局作品は良いか悪いかしか残らない。だから自分を空っぽにして、その瞬間に出てきたものを信じてかたちにする。頭で計算しても意味がないので、今を正直にやりきること。それをずっと大事にしています」と、制作に対する姿勢を語ってくれた。ドンペリニヨンとのコラボレーションでも、そうした誠実さを何より大切にしたのであろう。
最後に、今回のプロジェクトがどのように受け取られることを望んでいるかを聞いたところ、「今、このボトルそのものを楽しんでもらうことはもちろん、100年後、200年後にこのボトルを手にした人が『2025年はこういう時代だったのか』と、想像してくれることを願ってやみません。つまりタイムカプセルのように残ってくれたらうれしいです」とにっこり微笑んだ。
MHD モエ ヘネシー ディアジオ
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むらかみ・たかし◎現代美術家。1962年、東京都生まれ。自身が提唱した理論「スーパーフラット」で知られ、絵画、彫刻から映像、プロダクトまで、越境的に活動。有限会社カイカイキキの創業者/代表として、若手のアーティストの育成やプロジェクト運営も行う。AICA-USA「Best Thematic Show」を受賞。



