パート4:日本のエコシステムの課題と可能性
━━Sakana AI入社にあたり、テクニカルスタッフの応募者は東京で暮らすことが必須条件ですよね。デイビッド・ハCEOも、東京には国内外の才能を惹きつけるポテンシャルがあるとお話されていました。実際に起業された感想はいかがでしょうか?
ジョーンズ:じつは創業前、「日本では優秀な人材の確保に苦労するだろうから、アメリカかイギリスで始めるべきだ」と忠告されていたんです。ところがふたを開けてみれば、採用は予想よりずっと順調でした。理由は2つあると思います。まず、日本に来たい人が多いこと。日本のことを本当に好きな人がたくさんいるんです。特に、AI研究に没頭するような、いわゆる「オタク」気質な人たちにとって、日本の文化は魅力的に映るようです。
━━では、国内のAI人材についてはどうでしょう?
ジョーンズ:日本の人材については、少し物議を醸すかもしれませんが、私なりの見解があります。まず、優秀な人材は間違いなく日本にいます。ただ、伝統的な日本の企業文化は、私たちが目指すような長期的で探索的な研究には、必ずしも向いていないように思うのです。これはGoogle時代も今も感じることですが、日本人研究者の能力は本当に素晴らしい。もちろん、私たちは最高の人材だけを選べる立場なので、サンプルには偏りがあるでしょう。旧来の企業がそうした優れた人材の価値を見過ごしてくれるなら、(スタートアップである)私たちにとっては好都合ですが(笑)。それでも、それだけ優秀な彼・彼女らでさえ、より自由度の高いアメリカ式の職場環境のほうが、はるかに高いパフォーマンスを発揮すると私は考えています。
━━ヒエラルキーや官僚主義のほかにも、資金やコンピューティングパワーといったリソースへのアクセスの難しさと遅さ、社内外の人たちとの連携が容易ではないのも一因でしょうか。
ジョーンズ:おそらくそういった点もあるでしょうね。まあ、うちのような環境に慣れるのには、少し時間がかかります。特に日本の企業に長くいた人ほど、最初は戸惑うようです。どこに座るべきか、誰がドアを開けるべきか、といった序列を気にしてしまうんです。
ですが、やがて肩の力が抜けて、ここが完全にフラットで上下関係のない組織だと理解してくれるんです。誰も余計なプレッシャーはかけないと。そうなって初めて、彼・彼女らが生み出す研究の質は格段に上がり、より面白いものになると私は思います。残念なことですが、日本の優秀な才能の多くが、現状では宝のもち腐れになっていると、私はそう感じています。
━━それはとても興味深い指摘ですね。
ジョーンズ:私は社員にやりたい研究を自由にやってもらうことで、ハッピーでいてほしいと心から願っています。そして現に、面白い成果が次々と生まれていますから、このアプローチはうまくいっているようです。もっとも、これは日本に限った問題ではありません。多くの企業が、従業員にかけるべき「適切なプレッシャー」とは何か、そして「自由」を与えることで従業員の能力を最大限に引き出す方法を、本当の意味で理解していないのだと思います。とても難しいバランスですよね。
ただ、日本の企業文化はそのバランスが少し取れていないのかもしれない、と私は感じています。多くの人がそのことに気づいているはずです。日本のビジネスは「堅い」ですからね。独特の窮屈さがある、とでもいうのでしょうか。まあ、私が言えるのはそれくらいですが。
━━変化の兆しはあるのでしょうか?
ジョーンズ: 日本のスタートアップの方々は、この点をよく理解していると思います。変化が遅いのは、どちらかと言えば、歴史が長い大きな従来の企業の方でしょう。しかし、私が本当に強調したいのは、こうした文化が原因で「日本には人材がいない」という誤った認識が生まれているということです。でも、優れたタレントはいます。間違いなく、ここにいるんです。絶対に。それが、私が最も伝えたいメッセージです。

