若き日の成功と苦悩、挫折を経て見出したSpotify創業
音楽業界で最も影響力のある人物とされるエクは、常に自分のリズムで歩んできた。その片鱗は、若き日に発揮した商才にも表れている。10代の頃、スウェーデン王立工科大学を中退したエクは、広告テック企業Tradedoubler(トレードダブラ―)に入社し、同社向けの分析ソフトウェアを開発した。そのソフトは後に同社によって200万ドル(約3億円)で買い取られることになる。想像もしなかった大金を手にしたエクは、短期間ながら「ロックスターのような生活」を送った。ストックホルム中心部に3ベッドルームのマンションを購入し、赤いフェラーリ・モデナを乗り回し、街で最も人気のあるクラブでボトルサービスの夜を楽しんだ。だが、彼は幸福ではなかった。まもなくフェラーリを手放し、ギターを弾き、瞑想をするために人里離れた山小屋へとこもった。ミュージシャンになることも考えたという。
将来を模索していたエクは、Tradedoublerの会長マーティン・ローレンツォンと親交を深めるようになる。ローレンツォンもまた、富はあったが生きる目的を見失っていた。2人は数カ月にわたる自己探求の末、崩壊した音楽業界を立て直すためにSpotifyを立ち上げた。
彼らがSpotifyを立ち上げた2006年当時、違法コピー拡大により機能不全に陥っていた。違法コピーがCD売上を激減させ、合法的なデジタル販売ではアップルのiTunesがアルバムではなく単曲販売を主流にし、その利便性の代償として多くの収益を手数料として吸い上げていた。CDの衰退により、レコード産業の規模はほぼ半減していた。
エクとローレンツォンは、海賊版よりも優れた体験をユーザーに提供し、アーティストやレコード会社には広告付きの無料プランと定額制のプレミアムプランを通じて、持続的な収益源をもたらす音楽配信サービスを構築した。2人はスマートフォンとソーシャルメディアという当時の2大トレンドに合わせてサービスを最適化し、やがてSpotifyは世界中で存在感を高めていった。
違法コピーとの戦いが、音楽ストリーミングの原点
2018年、エクはウォール街の慣例に逆らい、投資銀行を介さず新株を発行しないダイレクトリスティング方式でSpotifyを上場させた。株価は上場以降、350%上昇している。
近年、Spotifyは音楽の枠を超え、ポッドキャストやニュース、オーディオブック、教育コンテンツなど、あらゆる音声コンテンツの中核を担う存在へと進化している。エクはこれまでに、Gimlet Media(ギムレット・メディア)やParcast(パーキャスト)、ビル・シモンズのThe Ringer(ザ・リンガー)など、ポッドキャストの制作会社や人材の獲得のために数億ドル(数百億円)を投じてきた。その過程で、ジョー・ローガンやアレックス・クーパーといった人気ポッドキャスターとも大型契約を結んでいる。
「みんな音声を過小評価している。オーディオ産業は本来、数千億ドル(数十兆円)規模になるべきものだ」とエクは2021年にフォーブスの取材に語っていた。「音声分野の勝者になるのは、私たちだ」。
「問題解決こそが趣味」、ビリオネアの情熱は尽きない
まもなくエクは、この“勝利の戦略”の実行を、次期共同CEOのノールストロムとセーデルストロムに託すことになる。しかし、若きビリオネアが歩みを緩める気配はない。「私は音楽業界が素晴らしいビジネスだと思ってSpotifyを始めたわけではない。解決すべき問題があったからだ」とエクは述べている。「問題を解決することこそが、私の人生の趣味なんだ。そして良いニュースか悪いニュースかはさておき──世界にはまだ、取り組むべき問題が山ほどある」と彼は語った。


