━━そして2023年、デイビッド・ハさん、そして伊藤 錬さんと3人で 「Sakana AI」を立ち上げました。
ジョーンズ: 理解していただきたいのは、私にはある種のプレッシャーがかかっていたことです。なぜなら、他の(Transformer論文の)著者たちはほぼ全員、起業していたからです(編集部註:Łukasz KaiserはOpenAIに参画)。なので、周りは私に「君は何もしないの?」と聞いてくるわけです。「彼が、例のライオン・ジョーンズだよ。Googleに残っている最後の(Transformer論文の)共著者ね」と紹介されることさえありました。その紹介のしかたは好きになれませんでしたね。本当にプレッシャーを感じていました。でも、自分のビジネスを始めるのは大きな責任が伴いますよね。とても大変そうです。それなのに、勝手を知らない国で会社を立ち上げたなんて、クレイジーでしょう?(笑)
Googleの東京オフィスではデイビッドと別のチームでしたが、席は近かったです。でも私が引っ越してきたのは2020年3月末で、その後1年半は(コロナ禍もあって)オフィスに通うことができませんでした。やがて通勤するようになり、「よし、これで彼と交流できるかもしれない」と思ったのですが、デイビッドはあまりオフィスに来ないタイプでした(笑)。やがて彼もオフィスに来るようになり、私たちは「EvoJAX(生物の進化のようにAIを賢くする技術を扱うための開発ツール群)」というプロジェクトで一緒に働くことになりました。
ところが、彼はGoogleを辞めて別のAI企業へ行ってしまいました。その会社で彼はレン(Sakana AIの伊藤 錬COO)に会ったわけです。でも、その時は「ああ、そうか。彼も辞めてしまったのか……」と思いましたよ。とはいえ、その後も連絡を取り合っていました。研究に対する考えかた、何が重要かという点で、私たちの意見が本当に一致していたからだと思います。当時は、AIにおける「進化」を重要視する研究者は多くありませんでしたから。
私がGoogleを辞める前、Google Brainにはアイデアフォーラムのようなものがありました。思いついた突飛なアイデアを投稿して、他に誰が興味をもつかを探るための掲示板です。そこで私は、EvoJAXをGoogleの潤沢な計算リソースで大規模にスケールアップさせ、「進化におけるスケーリング則」のようなものが見出せないか、あるいは1カ月ほど進化させ続けたらとんでもなく面白いことが起こるのではないか、といったGoogleでしか実現不可能な壮大なアイデアを投稿しました。
ところが、誰からもまったく興味をもたれず、少し驚きました。しかしデイビッドだけは、それは業界が見過ごしている重要な方向性だという点で、私と同じ意見でした。「これだけの計算能力があるのだから、他にもやるべきことがあるはずだ」と。それなら、自分たちで手本を示すしかない━━。私たちはそう考えたのです。
デイビッドの送別会で、彼に「君も他へ移ることを考えたほうがいいかもしれない。きっと引く手あまただろうから」と言われたのを覚えています。その時は、その言葉を本気にはしていませんでした。でも、デイビッドもその後の状況に必ずしも満足していませんでした。私と同じように、やりたいと望んでいた研究ができていない、という理由からです。状況は次第に難しくなっていました。不可能ではないものの、世の中が突如として(大規模言語モデルという)たった一つの技術に集中し始めたことで、徐々に新しい研究がやりづらくなっていたのです。
そんなある晩、私たちは食事をしながら話をしました。デイビッドが「新しい会社を始める」と切り出し、私に参加しないかと尋ねてきたのです。「これは断れないな」と思いました。素晴らしい機会に思えたからです。

