バイオ

2025.10.09 16:15

一生エラ呼吸。「永遠の子ども」ウーパールーパーに思う非・不老不死という特権

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見た目だけでなく生態も特殊なアホロートルは創作のモチーフとしてもぴったりだ。柳美里氏の小説集『飼う人』には『ウーパールーパー』という短編が収められている。会社をリストラされてコンビニでのアルバイトで食いつないでいる主人公と、彼が飼っているウーパールーパーの物語である。やむを得ない事情を抱えながらも実家に寄生している主人公からは、ネオテニーに似た要素を読み取れる。

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そう、アホロートルにもやむを得ない事情がある。彼らがネオテニーになったのは、低温で栄養の不足した水中で生き延びた結果である。あらゆる生物に言えることだが、彼らは自らの性質を、望んで選択したわけではない。周囲の環境や遺伝が絡み合って進化した帰結なのだ。

実際、アホロートルは小ぶりで脆弱な生き物だ。目覚ましい再生能力を持つものの、寿命は10年程度しかない。生息地が水質汚染や外来種によって脅かされ、現在では絶滅危惧種に指定されている(前述した小説『ウーパールーパー』でも、最終的に主人公は実家から追い出されることになる)。驚異的な特徴が、生き延びる術になるとは限らないようだ。

「不老不死」の能力を持つ生物も

この世には再生どころか、不老不死の能力を持つ生物も存在する。ベニクラゲだ。主に温かい海を漂っている彼らは一定以上成長すると若返りを始め、ポリプと呼ばれる未成熟の状態に戻ることができる。その回数は無限であると言われており、文字通りの不老不死だ。似たような話ではクマムシの耐久能力も有名だろう。わずか1ミリメートル程度の彼らは高濃度の放射線や高温、極度の乾燥に耐え、「最強」の冠を得ている。

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しかし彼らは決して「無敵」ではないのだ。「不老不死」のベニクラゲには小魚やウミガメなどの天敵がいるし、「最強」のクマムシはダニにとって格好の餌である。どれほど優秀な体質を持ち合わせていたとしても生物の頂点に立てるわけではない。頂点に立っているのは、控えめにみてもヒトで間違いないだろう。夏の暑さにすら耐えきれずクーラーに頼り、70〜80年もすれば死んでしまうヒトである。いや、もしかしたら「不老不死」でも「最強」でもないからこそ、生物界の頂点に立てたのだろうか。

そう考えると、老いていくのは一種の特権なのかもしれない。時間にこそ縛られているとは言え、私たちには老いる自由があるのだ。それに現代の日本社会では、今のところ、「アホ」な「ロートル」でも生きていくことができる。「アホロートル」なアホロートルはいないが、「アホロートル」なヒトは存在できるのである。それは間違いなく、私たちが歴史の中で勝ち得た輝かしい成果なのだ。

……と、「アホロートル」間近の筆者は考える次第である。いや、なるべくそうならないよう努めるが、未来はますます不安定で、どのような顛末をたどるか予想できなくなってきている。もしも筆者が「アホロートル」か、それに類した烙印を押されたとしても安穏と生きていける、そんな社会が少しでも長く続くことを願うばかりだ。


松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。

文=松尾優人 編集=石井節子

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